...ドクトル北畠義一郎が脳出血病を以て...
芥川龍之介 「開化の殺人」
...今大和の法隆寺村に隠棲してゐる北畠治房男(だん)の狂人染(きちがひじ)みた眼の色から顎髯(あごひげ)の長く胸元に垂れかゝつた恰好を...
薄田泣菫 「茶話」
...北畠の叔母に関する限り...
山本周五郎 「竹柏記」
...「さもこそ」と、この夕、北畠具行が、六波羅の戦気ただならず、とべつな諜者からうけていた、あの一報もうなずかれる...
吉川英治 「私本太平記」
...前(サキ)ノ源中納言北畠具行ハ...
吉川英治 「私本太平記」
...それの左翼をなす北畠顕家の万余の兵も...
吉川英治 「私本太平記」
...在京の鎮守府将軍北畠顕家の名もかれの胸にうかんでいた...
吉川英治 「私本太平記」
...――みちのくの鎮守府将軍――あの北畠顕家(あきいえ)は...
吉川英治 「私本太平記」
...そして伊勢に、北畠親房、河内和泉には、四条隆資(たかすけ)と、それぞれの地に、それぞれな宮方の驍将(ぎょうしょう)がたたかっている...
吉川英治 「私本太平記」
...北畠親房を交じえて...
吉川英治 「私本太平記」
...北畠顕信(顕家の弟)の奥州勢も...
吉川英治 「私本太平記」
...北畠などの使者が...
吉川英治 「新書太閤記」
...北伊勢の嶮(けん)、高岡の城だに墜(おと)してしまえば、恃(たの)みの中心をうしなって、余の北畠一族は、四散滅裂すること、火を見るよりも瞭(あきら)かである」との説をもって、それらの人の意見に反対しているのは、つい四、五日前から参戦した木下藤吉郎であった...
吉川英治 「新書太閤記」
...北畠家の忠臣をもって任じておらるるが...
吉川英治 「新書太閤記」
...北畠信雄の一門もそろい...
吉川英治 「新書太閤記」
...北畠、徳川の聯合軍は、およそ六万一千余と聞いていた...
吉川英治 「新書太閤記」
...伊勢一円の北畠信雄の兵力...
吉川英治 「新書太閤記」
...さなきだに、勝入父子は、もともと、北畠信雄とは、乳兄弟であり、その信雄は、家康が、小牧の陣営に奉じて、(自分は、戦は好まぬが、故右大臣家(信長)の遺子(わすれがたみ)たるこの御方(おんかた)のため、義に依って、戦うのである)と、徳川方のたたかいを、義戦であり、正義戦であり、私慾の軍でないことを、天下に称(とな)えさせている、唯一の、生き証人となって、この戦場に、臨んでいるのだ...
吉川英治 「新書太閤記」
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