...供の者一同も、数寄屋橋を固めて駕(かご)の者まで残りなく――」「山内と申す奴は」「品川の旅宿にて、切腹との儀に御座ります...
直木三十五 「大岡越前の独立」
...それでお供の者はお供の用意を整えて...
中里介山 「大菩薩峠」
...お見それ申しました」「なるほど……それで供の者は?」「御本人はお馬に召しておいでになりましたが...
中里介山 「大菩薩峠」
...供の者が三人で何千兩といふ金を持つて來た筈だ...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...どう云う訳(わ)けだか供の者に銭を持たせて...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...供の者は畳紙(たとうがみ)に硯をそえて持って行き...
室生犀星 「荻吹く歌」
...ほんのちょっとですよ」孝之助は供の者を見て...
山本周五郎 「竹柏記」
...「聞いたように思う、たしか、品川の屋敷であったとか」「お下屋敷へ伺候したときのことです、幸い供の者と、良源院どのの機転で、危ういところを(のが)れましたが、その人間がなぜ私を刺そうとしたか、おわかりでしょうか」「わからぬ、おれにはわからぬが」と兵部は眩(まぶ)しそうな眼をした、「くに者はすぐにのぼせるから、なにか独り合点に思いつめて逆上したのであろう」「御推察どおりと存じます、国許では、江戸にもむろんございますが、国許では特に、早くから或る風説が根づよく弘まっていて、若者どもの中には、命がけで事を起こそうとしている者がございます」「或る風説とは、なんだ」と兵部が訊いた...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...供の者という意味だろうか...
吉川英治 「大岡越前」
...かくて岡を降ってくると――前の夜にこの趣を供の者が新野に告げに行ったとみえて...
吉川英治 「三国志」
...供の者を追い返した...
吉川英治 「三国志」
...供の者を外において...
吉川英治 「私本太平記」
...その彦右衛門以下、大勢の供の者に、秀吉は大声で、道中の労をねぎらったのである...
吉川英治 「新書太閤記」
...供の者をうしろへおいて...
吉川英治 「新書太閤記」
...利長は口輪を供の者に譲り...
吉川英治 「新書太閤記」
...供の者に訪れさせた...
吉川英治 「親鸞」
...「悦之進(えつのしん)」老公は供の者をふり向いた...
吉川英治 「梅里先生行状記」
...「――またこのたびも、兄君のお旗上げと伝え聞くなり、矢も楯(たて)もなく馳せ参らんものと、秀衡殿に計りましたが、秀衡殿には、まだ時が早かろう、今しばし形勢を見よとばかりで、どうしてもお許し下さらぬため、馬一匹に、供の者四、五名連れたのみで、密(ひそ)かに、平泉を脱け、途中まで急いで来ると――秀衡殿にも、それまでの決心なればと、佐藤継信、忠信のふたりを、後ろより追いかけさせ、私の郎党にと、付き添えてくれました」義経は、そう綿々と話しかけたが、前後のつながりも欠いて、余りに欣しまぎれになっている自分の話し方に気づいて、「つい、取乱しました...
吉川英治 「源頼朝」
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