...友人は余を信ずるを以て敢(あえ)て余の彼が言(ことば)に従わざるを忿(いか)らずといえども...
内村鑑三 「基督信徒のなぐさめ」
...余の頭に下駄箱の厭な印象が深く染み込んでいるのはこのためで...
高浜虚子 「子規居士と余」
...真理そのものは容易に余の智能の士並びに博学の士が諸賢の判断に同意いたすようにするでありましょう...
デカルト Renati Des-Cartes 三木清訳 「省察」
...然れども余の始めて見たる近衞公は...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...柳浪先生の繍眼児(めじろ)を飼ひて楽しみとせられしはあたかも余の始めて先生を見たりしその頃より始まりしなり...
永井荷風 「書かでもの記」
...刑余の亡命者でござるがな...
中里介山 「大菩薩峠」
...それでも余の座敷だけは店先からは見えぬやうになつて居る...
長塚節 「旅の日記」
...杉本さんは余の右の手頸(てくび)をしかと握っていた...
夏目漱石 「思い出す事など」
...この看護婦は修善寺(しゅぜんじ)以来余が病院を出るまで半年(はんねん)の間始終(しじゅう)余の傍(そば)に附き切りに附いていた女である...
夏目漱石 「思い出す事など」
...消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である...
夏目漱石 「草枕」
...余の誰も及ばないといふのは...
夏目漱石 「「土」に就て」
...余が感服してこの甲冑を眺(なが)めているとコトリコトリと足音がして余の傍(そば)へ歩いて来るものがある...
夏目漱石 「倫敦塔」
...その父は即ち余のことである...
牧野信一 「余の倅に就いて」
...何処からか飛んできた丈余の捕繩が...
吉川英治 「江戸三国志」
...あの辺り一円深さ一丈余の湖底と化し...
吉川英治 「三国志」
...北伊勢の嶮(けん)、高岡の城だに墜(おと)してしまえば、恃(たの)みの中心をうしなって、余の北畠一族は、四散滅裂すること、火を見るよりも瞭(あきら)かである」との説をもって、それらの人の意見に反対しているのは、つい四、五日前から参戦した木下藤吉郎であった...
吉川英治 「新書太閤記」
...――その余の小者はすべて明るいうちに捕虜(とりこ)となっていたものだった...
吉川英治 「新書太閤記」
...余の如きは胸中大に其無礼(ぶれい)を憤懣(ふんまん)す...
渡邊千吉郎 「利根水源探検紀行」
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