...この大きな仕事を自分一人でなし遂げた伊能忠敬の功績はまことにすばらしいものであったと云(い)わなければなりますまい...
石原純 「伊能忠敬」
...下総(しもうさ)佐原町(さわらまち)の伊能家に婿養子に遣られ...
石原純 「伊能忠敬」
...それには「贈正四位伊能忠敬先生遺功碑」としるしてあります...
石原純 「伊能忠敬」
...その頃の暦(れき)学者として聞えた伊能忠敬の娘が病気した時...
薄田泣菫 「茶話」
...至時はその後方針を轉化して伊能忠敬の日本全國測量の參畫者となり...
長岡半太郎 「大阪といふところ」
...下総の佐原の伊能忠敬が名人ですが...
中里介山 「大菩薩峠」
...お蘭の母親のお伊能で...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...新進の美術史家団伊能氏の談話によるに...
三上義夫 「芸術と数学及び科学」
...しかるに団伊能君はこれらについても...
三上義夫 「芸術と数学及び科学」
...伊能忠敬等のごときは暦術及び測量のことについて単に伝習的もしくは外来の知識を襲用し...
三上義夫 「文化史上より見たる日本の数学」
...伊能の事業はその結果が立派なものであったというだけではなく...
三上義夫 「文化史上より見たる日本の数学」
...高橋は星学研究の必要上から伊能の測地事業を推挙し...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...伊能嘉矩君の説)江州淺井郡の馬川は洪水の時白馬現じて往來人を惱ます...
南方熊楠 「人柱の話」
...伊能忠敬の実測図からあまり進んでいなかった...
柳田国男 「故郷七十年」
...故伊能嘉矩氏の言には...
柳田国男 「山の人生」
...楓河岸(かえでがし)に、伊能一雲の子、伊能矢柄が住んでいた...
吉川英治 「脚」
...彦太は、多少田舎で下地があったし、何でも、侍になろうという気ごみが、竹刀にも燃えてるので、伊能矢柄にも、愛された...
吉川英治 「脚」
...其處も同じく丘の上になつてゐて麓に伊能忠敬の新しい銅像があつた...
若山牧水 「水郷めぐり」
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