...「この町には人情噺がたくさんあるよ」...
...「彼女の話はまるで人情噺のようだった」...
...「人情噺を聞かせてくれるおばあちゃんがいるんだ」...
...「最近はあまり人情噺が聞けなくなったな」...
...「彼は人情噺を語るのが上手い」...
...其磧以後の小説を一と通り漁り尽した私は硯友社諸君の器用な文才には敬服しても造詣(ぞうけい)の底は見え透いた気がして円朝の人情噺(ばなし)以上に動かされなかった...
内田魯庵 「二葉亭余談」
...是れが円朝の人情噺ばかりをやる...
談洲楼燕枝(二代) 「燕枝芸談」
...それは何でも講釈か人情噺(にんじょうばなし)の一節じゃないかしらと思う...
夏目漱石 「硝子戸の中」
...円朝(えんちょう)の人情噺(にんじょうばなし)に出て来る女が...
夏目漱石 「道草」
...講談と人情噺と浪花節と歌舞伎との「天保六花撰」の差違を詳しく研究...
正岡容 「下谷練塀小路」
...目を瞠(みは)っているところへスーッとでてきてスラスラと普通の人情噺を喋っていく...
正岡容 「小説 圓朝」
...今夜はこれも講釈や文楽師匠の人情噺で聞き覚えの祐天吉松が下谷幡随院の僧となって...
正岡容 「小説 圓朝」
...初音屋と呼ばれた人情噺の柳朝(春風亭・三代目)と馬楽と自分と三人でひと晩遊びに行ったが...
正岡容 「随筆 寄席風俗」
...このときに師匠は「仏国三人男」という新作の西洋人情噺を...
正岡容 「初看板」
...あばた面(づら)で音曲の巧く人情噺の達人だった初代小さんは...
正岡容 「初看板」
...人情噺では、御一新のころ、初代小さん(春風亭(しゆんぷうてい)をなのつてゐた)があつて、此を十八番としてゐた...
正岡容 「吉原百人斬」
...明治廿一年五月の千歳(ちとせ)座(のちの明治座)でもちろん講談や人情噺の方が...
正岡容 「吉原百人斬」
...これは小助六が人情噺の口調を借りて言わせてもらうなら...
正岡容 「寄席」
...いわゆる欧化時代の横顔(プロヒイル)たる西洋人情噺の諸作については引き続いて世に問う『圓朝』後半生篇の附録に語ろう...
正岡容 「我が圓朝研究」
...若林蔵子某席における圓朝が人情噺を私(ひそ)かに速記し...
正岡容 「我が圓朝研究」
...下って文治にのこる一席物の人情噺「仲蔵」は...
正岡容 「我が圓朝研究」
...同君はその頃私が第一次「苦楽」誌上へ松井君のお祖父さんである先々代五明楼玉輔の自作人情噺「写真の仇討」についていささか書いたので...
正岡容 「わが寄席青春録」
...三遊亭圓馬の説明には東京人情噺の名人と註することを常に忘れなかったくらいである...
正岡容 「わが寄席青春録」
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