例文・使い方一覧でみる「京山」の意味


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...京伝の墓も京山(きやうざん)の墓と一しよにやはり昔に変つてゐない...   京伝の墓も京山の墓と一しよにやはり昔に変つてゐないの読み方
芥川龍之介 「本所両国」

...京伝の墓も京山の墓と一しょにやはり昔に変っていない...   京伝の墓も京山の墓と一しょにやはり昔に変っていないの読み方
芥川龍之介 「本所両国」

...正面から馬琴に怨声を放って挑戦したのは京山(きょうざん)一人であったが...   正面から馬琴に怨声を放って挑戦したのは京山一人であったがの読み方
内田魯庵 「八犬伝談余」

...とかくに自己を挙げて京伝を貶(へん)する如き口吻(こうふん)を洩らすは京山のいう如く全くこの人にしてこの病ありで...   とかくに自己を挙げて京伝を貶する如き口吻を洩らすは京山のいう如く全くこの人にしてこの病ありでの読み方
内田魯庵 「八犬伝談余」

...云フハレ爾カ天保六年乙未秋園菊開日江戸京山人百樹并書此書の稿本図は別冊とし...   云フハレ爾カ天保六年乙未秋園菊開日江戸京山人百樹并書此書の稿本図は別冊としの読み方
京山人百樹、京水百鶴 「北越雪譜」

...云フハレ爾カ天保六年乙未秋園菊開日江戸京山人百樹并書此書の稿本図は別冊とし...   云フハレ爾カ天保六年乙未秋園菊開日江戸京山人百樹并書此書の稿本図は別冊としの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...京山男少年乙未秋京水百鶴北越雪譜初編 巻之上越後塩沢鈴木牧之  編撰江戸京山人百樹 刪定○地気(ちき)雪(ゆき)と成(な)る弁(べん)凡(およそ)天より形(かたち)を為(な)して下(くだ)す物(もの)○雨(あめ)○雪(ゆき)○霰(あられ)○霙(みぞれ)○雹(ひよう)なり...   京山男少年乙未秋京水百鶴北越雪譜初編 巻之上越後塩沢鈴木牧之  編撰江戸京山人百樹 刪定○地気雪と成る弁凡天より形を為して下す物○雨○雪○霰○霙○雹なりの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...北越雪譜初編巻之中 終北越雪譜初編 巻之下越後塩沢鈴木牧之  編撰江戸京山人百樹 刪定○渋海川(しぶみかは)さかべつたう我国の俚言(りげん)に蝶(てふ)をべつたうといふ...   北越雪譜初編巻之中 終北越雪譜初編 巻之下越後塩沢鈴木牧之  編撰江戸京山人百樹 刪定○渋海川さかべつたう我国の俚言に蝶をべつたうといふの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...ある時雪の話(はなし)につけて京山翁いへらく...   ある時雪の話につけて京山翁いへらくの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...天保十一年庚子仲春京山人百樹識北越雪譜二編 巻一越後塩沢鈴木牧之  編撰江戸京山人百樹 増修○ 越後の城下越後の国往古(わうご)は出羽越中(ではゑつちゆう)に距(またが)りし事国史(こくし)に見ゆ...   天保十一年庚子仲春京山人百樹識北越雪譜二編 巻一越後塩沢鈴木牧之  編撰江戸京山人百樹 増修○ 越後の城下越後の国往古は出羽越中に距りし事国史に見ゆの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...北越雪譜二編巻之一 終北越雪譜二編 巻二北越鈴木牧之  編選江戸京山人百樹 増修○雪頽(なだれ)に熊(くま)を得(うる)酉陽雑俎(いうやうざつそ)に云(いふ)...   北越雪譜二編巻之一 終北越雪譜二編 巻二北越鈴木牧之  編選江戸京山人百樹 増修○雪頽に熊を得酉陽雑俎に云の読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...(岡田武松)解説鈴木牧之翁略伝本書の著作者鈴木牧之(ボクシ)翁は、明和七年正月七日に、越後の国の塩沢に生れた、塩沢は今日の新潟県南魚沼郡塩沢町である、幼時は弥太郎と云つたが、大きくなつてから、儀三治と改めた、翁の父は、質屋と縮布の仲買を営んでゐた、さうして渡世の傍に、俳諧に遊び、周月庵牧水と号してゐた、翁の牧之と云ふ号は、父の牧水の一字を採つたのである、牧之翁は幼時から英敏であつた、大運寺の快運法師に師事して経書を学び、詩は徳昌寺の虎斑禅師に就て学んだ、翁はまた幼時より画を狩野梅笑に学んで、凡んど画師に近いまでの腕前になつてゐた、北越雪譜の挿画の如きは、原図は大部分翁自ら画いたものである、壮年の頃から、既に風流韻事を解し、諸芸百般に通じてゐたから、交遊は甚だ広かつた、殊に当時の一流の文士であつた馬琴、真顔、六樹園、蜀山人、京伝、京山、一九、三馬、玉山なぞと親交あり、漢学者の鵬斎なぞとも交を訂し、画家では文晁、北斎なぞとも懇意であつた、その外に、名優団十郎、名妓花扇とも往復をしてゐた、元来北越の田舎に多く在住し、商用にて時折上京し、寸※を割いては是等の名流を訪れたのである、然し交通の不便な時代にさう頻繁に上京は出来なかつたから、多くは書簡の往復での交りが多かつた、翁はその往復の書簡を丁寧に蒐集して「筆かゞみ」と名づけて珍蔵して居られた...   解説鈴木牧之翁略伝本書の著作者鈴木牧之翁は、明和七年正月七日に、越後の国の塩沢に生れた、塩沢は今日の新潟県南魚沼郡塩沢町である、幼時は弥太郎と云つたが、大きくなつてから、儀三治と改めた、翁の父は、質屋と縮布の仲買を営んでゐた、さうして渡世の傍に、俳諧に遊び、周月庵牧水と号してゐた、翁の牧之と云ふ号は、父の牧水の一字を採つたのである、牧之翁は幼時から英敏であつた、大運寺の快運法師に師事して経書を学び、詩は徳昌寺の虎斑禅師に就て学んだ、翁はまた幼時より画を狩野梅笑に学んで、凡んど画師に近いまでの腕前になつてゐた、北越雪譜の挿画の如きは、原図は大部分翁自ら画いたものである、壮年の頃から、既に風流韻事を解し、諸芸百般に通じてゐたから、交遊は甚だ広かつた、殊に当時の一流の文士であつた馬琴、真顔、六樹園、蜀山人、京伝、京山、一九、三馬、玉山なぞと親交あり、漢学者の鵬斎なぞとも交を訂し、画家では文晁、北斎なぞとも懇意であつた、その外に、名優団十郎、名妓花扇とも往復をしてゐた、元来北越の田舎に多く在住し、商用にて時折上京し、寸※を割いては是等の名流を訪れたのである、然し交通の不便な時代にさう頻繁に上京は出来なかつたから、多くは書簡の往復での交りが多かつた、翁はその往復の書簡を丁寧に蒐集して「筆かゞみ」と名づけて珍蔵して居られたの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...挿画は翁が自筆のものを京山の子の京水が画き直したものだと云ふ...   挿画は翁が自筆のものを京山の子の京水が画き直したものだと云ふの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...大正十年七・八月に北越新報紙上に二十五回に亙り連載せられたる春城学人市島謙吉先生の随筆「京山と牧之」に詳細に出てゐるから...   大正十年七・八月に北越新報紙上に二十五回に亙り連載せられたる春城学人市島謙吉先生の随筆「京山と牧之」に詳細に出てゐるからの読み方
京山人百樹刪定 「北越雪譜」

...この幼年時の京山や魯文...   この幼年時の京山や魯文の読み方
正岡容 「異版 浅草燈籠」

...山東京山の近世女裝考には寛文の年號のある勝山の順禮姿の古畫を收め...   山東京山の近世女裝考には寛文の年號のある勝山の順禮姿の古畫を收めの読み方
三田村鳶魚 「女順禮」

...山東京山(さんとうきょうざん)のテンプラの説みたようである...   山東京山のテンプラの説みたようであるの読み方
柳田國男 「地名の研究」

...それから東京山手線の池袋驛から武藏野を横切つて飯能(はんのう)に到り...   それから東京山手線の池袋驛から武藏野を横切つて飯能に到りの読み方
若山牧水 「樹木とその葉」

「京山」の読みかた

「京山」の書き方・書き順

いろんなフォントで「京山」


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判別   訥言   レーコ  

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