...丸鑿の使い始めは乾漆像製作の際から起ったのではないかと考える...
高村光太郎 「回想録」
...乾漆の際、箆(へら)でやると谷が丸くなるので、平鑿のような仕事は出来ないが、それが乾漆像に非常に柔い感じを出し得た...
高村光太郎 「回想録」
...今日普通に脱乾漆(だつかんしつ)と呼ばれている...
高村光太郎 「本邦肖像彫刻技法の推移」
...傳法堂の乾漆佛は戸外よりのぞきしのみ...
内藤湖南 「寧樂」
...殿を出でゝ再たび三月堂に上れば、梵天帝釋の温雅整肅にまします、裏手なる執金剛神の怒氣すさまじき、共に寧樂美術の粹とこそ聞け、乾漆の四天王、本尊は不空羂索の觀世音、共に天平のものなりとぞ、建築も當時のまゝなるは、東大寺境内にて正倉院を舍きては、この堂に留めたり...
内藤湖南 「寧樂」
...乾漆(ほしうるし)の見事な根付けで腰に提げるやうにしたものです...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...それからこの石棺の内部は乾漆(かんしつ)になっていたこと...
堀辰雄 「大和路・信濃路」
...乾漆(かんしつ)の仏像肌を想像させる...
吉川英治 「私本太平記」
...緋房(ひぶさ)の垂れた黒の乾漆笠(かんしつがさ)をかぶり...
吉川英治 「新・水滸伝」
...乾漆(かんしつ)みたいになっている...
吉川英治 「忘れ残りの記」
...従って大理石や木や乾漆などにはとうてい見ることのできないような...
和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
...乾漆(かんしつ)では出すことのできないキッパリした感じを出そうとしているのが...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...金堂の大きい乾漆像(かんしつぞう)を修繕しつつあるS氏に案内されて...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...思うに法力は乾漆像に慣れていなかったのであろう...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...本尊は乾漆ときまった...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...そうして乾漆像の工手は我が国にも少なくなかった...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...唐招提寺の金堂には初めからの乾漆の盧舍那仏がいかにも堂とよく調和して安坐してゐるので...
和辻哲郎 「西の京の思ひ出」
...天平五年に僧良弁(ろうべん)のために建立せられたと伝えられる三月堂中の乾漆諸像が...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
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