「丙午」の意味
干支の一つで60年に一度巡ってくる年
「丙午」の例文(場面別)
- 歴史・暦学「丙午の年には大火事が多いという迷信が江戸時代に広まった」
- 占い・運勢「丙午生まれの人は気性が激しいと言われるが、科学的根拠はない」
- 文化解説「1966年の丙午では出生率が大幅に低下したという社会現象が起きた」
小説での「丙午」の使い方
...丙午七月一日作歌...
石川啄木 「唱歌」
...丙午はやはり避けたいという人がすこぶる多数であった...
丘浅次郎 「改善は頭から」
...丙午のごとき、人を殺すほどの迷信に対してさえ、かような優柔不断な態度を取る人々は、他のやや軽い迷信に対しては、もちろんすこぶる寛大で、人が気にするなら、せぬ方がよかろうとか、人が勧めるなら、やって見るもよかろうというて、許して置くゆえ、馬鹿げた迷信がいつまでも盛んに行なわれる...
丘浅次郎 「改善は頭から」
...廿七日、丙午、晴、将軍家御不例の後、始めて鶴岳八幡宮に詣で給ふ...
太宰治 「右大臣実朝」
...六日、丙午、天霽、申剋、将軍家前大膳大夫広元朝臣の亭に入御、是去る二日、御所焼失せるに依るなり、御台所、又南御堂より其所に入御、尼御台所、本所に渡御...
太宰治 「右大臣実朝」
...七日、丙午、霽、今日御所に於て和歌御会有り、相州、修理亮、東平太重胤等其座に候する所なり...
太宰治 「右大臣実朝」
...十九日、丙午、陰、地震矣...
太宰治 「右大臣実朝」
...四日、丙午、快霽、尼御台所御上洛...
太宰治 「右大臣実朝」
...実際丙午(ひのえうま)の女に関する迷信などは全くいわれのないことと思われるし...
寺田寅彦 「自由画稿」
...明治三十九年七月十四日生丙午(ひのえうま)……...
永井荷風 「※[#「さんずい+(壥−土へん−厂)」、第3水準1-87-25]東綺譚」
...丙午元旦口号...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...明の万暦丙午に至つて李時珍(りじちん)の本草綱目が成つた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...「なんにしろ丙午(ひのえうま)なのだから」と...
森鴎外 「半日」
...丙午(ひのえうま)の年に生まれた児にそうするといい...
柳田国男 「母の手毬歌」
...「そして丙午(ひのえうま)の年の火事になりました」と佐八は静かに続けた...
山本周五郎 「赤ひげ診療譚」
...乙原丙午(おとはらへいご)御厩(おうまや)奉行二男某年某月某夜...
山本周五郎 「百足ちがい」
...この二人も抹殺(まっさつ)としよう」又四郎は丙午と伝内の名を手帖から消した...
山本周五郎 「百足ちがい」
...胃がやぶけて死んだという丙午を思った...
山本周五郎 「百足ちがい」
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