...征夷使に任命された人物の中でも、安倍晴明・源義家・坂上田村麻呂などは特に著名です...
...谷本博士と名妓(めいぎ)7・13(夕)亡くなつた上田敏博士が京都大学に初めて来た頃谷本梨庵博士は文科の創設者として早くから京都の土を踏むでゐたから...
薄田泣菫 「茶話」
...女中の返事10・20(夕)上田敏博士が文科大学教授として初めて京都の土を踏んだ時...
薄田泣菫 「茶話」
...ある日ひよつくり思ひ立つて岡崎にゐる上田敏博士を訪ねた...
薄田泣菫 「茶話」
...上田秋成(うえだあきなり)はあの時分の作家だから...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...上田(うえだ)地方方言で「ゴーロ」は石地の意だそうである...
寺田寅彦 「言葉の不思議」
...三十年英文科を卒業した時の同級者に今の女子學習院長長屋順治氏また故上田柳村(敏)があつた...
土井晩翠 「新詩發生時代の思ひ出」
...そのころ日本唯一の西洋型船大工といわれた豆州(ずしゅう)戸田(へだ)の上田寅吉を招いて相談した通り...
中里介山 「大菩薩峠」
...本来言へば、すべての良心のある翻訳者は、小宮氏が言つた位のことは自分で訳本の序に書いている筈である、堀口大学君の如きも、その訳詩集に「失はれたる宝石」といふ題をつけてゐるし、故上田敏博士も、訳詩集を出す毎に翻訳の不可能に属することを、自ら告白して謝罪されてゐた...
萩原朔太郎 「詩の翻訳について」
...ここの本文が「ひゝ」とあるのは上田秋成(うえだあきなり)の校本だけであって...
橋本進吉 「駒のいななき」
...六歳(むっつ)のときに親戚にあたる上田市の長谷川家へ養女に貰われていった...
長谷川時雨 「松井須磨子」
...上田さんの蘊蓄がその中に傾けられたとでも言はうか...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...上田敏氏の書齋に坐り込んで...
室生犀星 「京洛日記」
...松本、堀井、杉山、曾我(そが)、植松(うゑまつ)、大工作兵衛、猟師金助、美吉屋五郎兵衛、瀬田の中間(ちゆうげん)浅佶(あさきち)、深尾の募集に応じた尊延寺村(そんえんじむら)の百姓忠右衛門と無宿(むしゆく)新右衛門とは獄門(ごくもん)、暴動に加はらぬ与党の内、上田、白井孝右衛門(かうゑもん)の甥(をひ)儀次郎(ぎじらう)、般若寺村(はんにやじむら)の百姓卯兵衛(うへゑ)は死罪、平八郎の妾(めかけ)ゆう、美吉屋の女房つね、大西与五郎と白井孝右衛門の倅(せがれ)で、穉(をさな)い時大塩の塾にゐたこともあり、父の陰謀の情を知つてゐた彦右衛門とは遠島(ゑんたう)、安田と杉山を剃髪させた同人(どうにん)の伯父、河内(かはち)大蓮寺(たいれんじ)の僧正方(しやうはう)、西村の逃亡を助けた同人の姉婿(あねむこ)、堺の医師寛輔(くわんぽ)の二人(にん)とは追放になつた...
森鴎外 「大塩平八郎」
...上田孝太郎入門す...
森鴎外 「大塩平八郎」
...上田の善光寺に参った...
森鴎外 「護持院原の敵討」
...上田景二君の昭憲皇太后史には...
森鴎外 「津下四郎左衛門」
...よくその上田の柳田氏と間違えられた...
柳田国男 「故郷七十年」
...上田城の真田昌幸(さなだまさゆき)が反(そむ)いて...
吉川英治 「新書太閤記」
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