...長野県にある「八万治温泉郷」は、素晴らしい景色が広がっている...
...万治二年二月には...
田中貢太郎 「日本天変地異記」
...この年万治三年に入っては...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...大門通りは名のごとく万治の昔...
長谷川時雨 「鉄くそぶとり」
...たとえば万治二年中川喜雲著『私可多咄(しかたはなし)』五に『棠陰比事』を引いて...
南方熊楠 「十二支考」
...普通本は舶載嘉靖本と万治本とである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...万治元戊戌年(つちのえいぬのとし)十二月二日に候えば...
森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
...そこで改めて万治元年十三回忌とした...
森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
...しかし万治から溯(さかのぼ)ると...
森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
...当時万治二年三月から七月までの間には...
森鴎外 「椙原品」
...それは万治三年に綱宗が罪を獲(え)て...
森鴎外 「椙原品」
...万治三年から寛文八年二月まで浜屋敷にゐた...
森鴎外 「椙原品」
...万治三年八月に二歳で家督し...
森鴎外 「椙原品」
...――去年(万治二年)三月の出生にて...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...原田家の矢崎ということも、万治の騒ぎや、宮本又市の刺殺されたことなど、知らない人間ならたやすく口には出せない筈である...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...万治の大変が尾を曳(ひ)いていたのである...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...万治三年、陸奥守(むつのかみ)綱宗の逼塞から始まり、現在なお続いている、伊達家中の紛争の根は、その証書に記されている...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...それは彼自身の書いた日記で、万治の大変以来、家中に起こった出来事や、自分で経験し、また見聞したことが記してある...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...世潮はとうとうと華奢(かしゃ)淫逸へながれてゆくのを見ながら、承応(じょうおう)、万治(まんじ)、延宝(えんぽう)などのあいだは、一般にただ懐疑的であったといえる...
吉川英治 「梅里先生行状記」
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