...マドリッドへ、リオへ、サマルカンドへ、――僕はこう云う僕の夢を嘲笑(あざわら)わない訣には行かなかった...
芥川竜之介 「歯車」
...ドカンドカンと板の上を叩いた...
海野十三 「火葬国風景」
...れいのドカンドカン...
太宰治 「貨幣」
...れいのドカンドカンシュウシュウがはじまり...
太宰治 「貨幣」
...燕から渡しを越えて長い堤をぶら/\とカンドの樣だといふ柿を味ひつゝ歩いた...
長塚節 「彌彦山」
...ドカンドカンと大ハッパで...
葉山嘉樹 「山谿に生くる人々」
...「ケッコンスルナ フラチ カンドウ」と打ってやると...
久生十蘭 「我が家の楽園」
...コーカンドをもって遮蔽間隔をなせしに...
日野強 「新疆所感」
...この六億里(おくり)の道程(みちのり)を三百六十五日と六時(とき)(實は五時四十八「ミニウト」四十八「セカンド」なれども先つ六時とするなり)の間(あひだ)に一廻(ひとまはり)して本(もと)の處(ところ)に歸(かへ)るなり...
福澤諭吉 「改暦辨」
...亦(また)この一分時(ぶんじ)を六十に分(わけ)て一「セカンド」と云(い)ふ...
福澤諭吉 「改暦辨」
...「凸凹ロマンス」だけは分るらしいがあと二つはまるで笑いがカンドコロを外れてゐる...
古川緑波 「古川ロッパ昭和日記」
...全然カンドコを外されるので一同大くさり...
古川緑波 「古川ロッパ昭和日記」
...我が日本では明治初年当時博物局(今の帝室博物館の前身)の職員で斯学上極めて重要な役割を勤めていた田中芳男氏(後ち貴族院議員となり次で男爵を授けられた)が明治五年にド・カンドール氏の所説に基き『垤甘度爾列(デ・カンド・ルレー)氏植物自然分科表』(この表は明治八年に校訂せり)を編成発行した時この科の字を用いたが...
牧野富太郎 「植物記」
...カンド人は、誓言に蜥蜴の皮を援(ひ)いて証とす(バルフォール『印度事彙(ゼ・サイクロベジア・オヴ・インジア)』三版二巻七三〇頁)...
南方熊楠 「十二支考」
...一四〇三―六年の間にサマルカンドのチムール朝廷に使いしたスペイン人クラヴィホの記に...
南方熊楠 「十二支考」
...セカンドジョンの話しを聞かせたら誰れも知りませんでした...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...そのカネジョもカンドもともに鉤殿(かぎどの)で...
柳田国男 「こども風土記」
...旅程は小アジアのラヤッツォから上陸し、アルメニアの方へ迂曲してバグダード、バスラを経由、ペルシア湾をオルムヅまで航海し、そこからイラン高原を突切ってバルクに出で、峻嶮な山越しにカシュガル、ヤルカンド、コータンと昔のシナ・インド交通路を伝って行く...
和辻哲郎 「鎖国」
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