...此度(このたび)縁(えん)あって汝(そなた)を手元(てもと)に預(あず)かることになって甚(はなは)だ歓(よろこ)ばしい...
浅野和三郎 「霊界通信 小桜姫物語」
...多分このたびが最後であろう...
大隈重信 「勢力の中心を議会に移すべし」
...このたびの和田左衛門尉さまの御処置は...
太宰治 「右大臣実朝」
...このたびの試験は...
太宰治 「正義と微笑」
...「このたびは御苦労さまでした...
太宰治 「津軽」
...このたびは、としのはじめの物語でもあり、大事をとって、原稿用紙にきちんと書いて順々に廻すことにした...
太宰治 「ろまん燈籠」
...このたびは勝手ながら亡父の法要を東京で営むことにする...
谷崎潤一郎 「細雪」
...このたび都合により吉祥寺の長男の家と一つになると謂(い)うて告別に来たのは...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...それから滝田、この道中、ことによると駒井能登守という旗本と出逢うかも知れぬ、それはこのたび、甲府へお役になった拙者の知合いだ、たぶん我々が峠へ登る時分に、駒井は下りて来るだろうから、やがて行逢った時は、乗物を下りて名乗り合うのはこと面倒だから、知らぬ面(かお)をして通れ」「畏(かしこ)まりました」「なるべくならば神尾主膳と名乗りたくない、尋ねたならば、諏訪(すわ)の家中で江戸へ下るとでも申しておいたがよろしかろう」「畏まりました」こうして神尾主膳の一行が関所を出て橋を渡って休所の、すしや重兵衛の前を通って駒飼(こまかい)へと進んで行きました...
中里介山 「大菩薩峠」
...けれども能登守のこのたびの失敗ばかりは...
中里介山 「大菩薩峠」
...五それはそれとして、再び前に戻って、ここにまだ疑問として残されているのが、両国の女軽業の親方お角の、このたびの、旗揚げの金主となり、黒幕となった者の誰であるかということで、これはその道の者の専(もっぱ)らの評判となり、またお角の知っている限りの人では、これを問題にせぬ者はなかったが、誰もその根拠を確(しか)と突留めたものがありません...
中里介山 「大菩薩峠」
...このたびは前回のような仇(あだ)な話ではない様子である...
久生十蘭 「ノンシャラン道中記」
...「このたびこそ」と...
吉川英治 「上杉謙信」
...このたび斎藤下野へ仰せつけられた役目は...
吉川英治 「上杉謙信」
...このたびの御合戦...
吉川英治 「上杉謙信」
...まあ、まあ、このたびだけは、ゆるしてやってくれ」と、くり返すのみだった...
吉川英治 「三国志」
...「さてこのたびのご拝謁(はいえつ)に...
吉川英治 「神州天馬侠」
...(このたびの御成功を祈る)という意味の景勝の書や見舞物など齎(もたら)して...
吉川英治 「新書太閤記」
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