...抗州の銭塘江には橋が懸っていたが...
上村松園 「余齢初旅」
...銭塘(せんとう)にいる友人を訪ねて行って...
田中貢太郎 「荷花公主」
...銭塘門(せんとうもん)のほうへと往った...
田中貢太郎 「蛇性の婬」
...銭塘門(せんとうもん)の方へ往った...
田中貢太郎 「雷峯塔物語」
...銭塘(せんとう)へ知れる...
田中貢太郎 「柳毅伝」
...これは大王の御判断を仰ぎたいと思います」銭塘君は自分の言ったことに気が注(つ)いた...
田中貢太郎 「柳毅伝」
...遊学のために銭塘(せんとう)に来て...
田中貢太郎 「緑衣人伝」
...このみちやいくたりゆきしわれはけふゆくしづけさは死ぬるばかりの水がながれて九月九日晴、八代町、萩原塘、吾妻屋(三五・中)私はまた旅に出た、愚かな旅人として放浪するより外に私の行き方はないのだ...
種田山頭火 「行乞記」
...西湖を銭塘江岸へと展開させないところに杭州の頽廃がある...
豊島与志雄 「画舫」
...山田春塘の著『日本橋浮名歌妓』は明治十六年六月檜物町(ひものちょう)の芸妓叶家歌吉といへるもの中橋の唐物商(とうぶつしょう)吉田屋の養子安兵衛なるものと短刀にて情死せし顛末(てんまつ)を小説体に書きつづりしものにしてこの情死は明治十三年九月新吉原品川楼の娼妓盛糸と内務省の小吏(しょうり)谷豊栄が情死と相前後して久しく世の語り草とはなれるなり...
永井荷風 「桑中喜語」
...氏(うじ)無くして玉(たま)の輿(こし)と申しまする本文通り、わたくしたちが一代の女の出世頭として、羨望(せんぼう)の的とされておりましたが、そのうち、加賀の国から、あの仏御前(ほとけごぜん)が出てまいりましてからというものは、わたくしたちの運命は、御承知の通り哀れなものでございました」と言って、美人はここで声を曇らせて、面を伏せたようでしたが、また向き直って、仏も昔は凡夫なりわれらも後には仏なりいづれも仏性(ぶつしやう)具せる身を隔つるのみこそ悲しけれそれは悲しい調子に歌い出されて来ましたが、また急に晴々しい言葉になって、「愚痴を申し上げて相済みません、栄枯盛衰は世の常でございますから、欺いたとて詮(せん)のないことでございました、仏御前に寵愛(ちょうあい)を奪われましてから後の、わたくしたちの運命というものは、御承知の通りでございまして、すべての世界も、人情も、みんな一変してしまいましたが、ただ一つ変らぬものとして、ごらん下さいませ、この井堰(いぜき)の水の色を……」と言って、美人は後ろを顧みて漫々たる池水を指し、「わたくしたちのあらゆる栄耀栄華(えいようえいが)のうちに、ただ一つ、これだけが残りました」と言って、美人は相変らず水門に腰をかけた卒塔婆小町のような姿勢で、うしろの池水を指さしながら、「この池と、この井堰と、この用水とは、わたくしが六波羅時代に掘られたものでございます、それは、わたくしの生れ故郷の人たちが、水に不足して歎くところから、わたくしが費用を出して、この池と、塘(つつみ)と、堀とを、すっかりこしらえさせてやりました...
中里介山 「大菩薩峠」
...中村秋塘の方は変なことで知っている...
中谷宇吉郎 「九谷焼」
...秋塘さんはまだ元気だった...
中谷宇吉郎 「九谷焼」
...書簡に曰く一春風馬堤曲(馬堤は毛馬塘なり則ち余が故園なり)余幼童之(の)時春色清和の日には必(かならず)友どちとこの堤上にのぼりて遊び候...
正岡子規 「俳人蕪村」
...其起には「東風送歩到江塘...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...河原林(かはらばやし)春塘は未だ考へない...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...銭塘の富豪が家宝とした宝石の匣(こばこ)などもあった...
吉川英治 「三国志」
...もとこれ銭塘の小吏の子たるに過ぎず...
吉川英治 「三国志」
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