...▲自然と人の著者 守田は號を有秋と云ひ過ぐる卅二年五月友人山川均と共に雜誌「青年の福音」へ「強力の爲に壓せられたる云々」の記事を掲載して不敬罪に問はれ...
石川啄木 「日本無政府主義者陰謀事件經過及び附帶現象」
...○そも/\醍醐(だいご)天皇は(在位卅二年)百廿代の御皇統(くわうとう)の中にも殊に御徳達(とくたつ)たりしゆゑ...
京山人百樹刪定 「北越雪譜」
...今日でもう卅羽(ぱ)も食つたかな...
薄田泣菫 「茶話」
...“Dichlorhydroquinonedisulphonic”といふ卅文字で出来た語(ことば)もあるが...
薄田泣菫 「茶話」
...七月卅一日いよ/\出かけた...
種田山頭火 「行乞記」
...――八月卅一日晴...
種田山頭火 「其中日記」
...五月卅日晴...
種田山頭火 「松山日記」
...同書那珂郡の條下に曰く「平津驛家、西一二里有岡、名曰大櫛、上古有人、體極長大、身居丘壟之上、採蜃食之、其所食具、積聚成岡、時人取大之義、今曰大櫛岡、其大人踐跡、長卅餘歩、廣廿餘歩、尿穴跡可廿餘許、」大櫛今又大串と改稱(かいせう)して東茨城郡に屬せり...
坪井正五郎 「コロボックル風俗考」
...(昭和十四年十二月卅日午後三時仙臺放送局より放送草稿)我が子の思ひ出照子照は明治三十九年一月十八日の曉大雪の日に仙臺で生れました...
土井八枝 「隨筆 藪柑子」
...明治卅八年秋八月日魯(にちろ)両国講和条約の結ばれし時...
永井荷風 「礫川※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1-84-33]※[#「彳+羊」、第3水準1-84-32]記」
...卅も半ばすぎの康子は...
原民喜 「壊滅の序曲」
...麻の衣に網代笠、風呂敷包を腰につけ、脚絆に草鞋という、頭陀行(ずだぎょう)に出る托鉢僧のような恰好で山口智海が日本を出発した、明治卅年までの、これが西蔵探検史の概略だが、智海はそういう事情を、なにひとつご存知なかった...
久生十蘭 「新西遊記」
...じつは卅余歳の老嬢であることが分つて...
正岡容 「浅草燈籠」
...但草稿卅二字余が手もとにあり...
正岡子規 「墨汁一滴」
...そこで義太夫「卅三間堂棟由来」の木遺唄をお聴かせしたら...
三浦環 「お蝶夫人」
...昭和卅三年六月病床にて柳宗悦...
柳宗悦 「民藝四十年」
...一回卅分はかかります...
山中貞雄 「陣中日誌(遺稿)」
...三月卅一日にプェルト・サン・フリアーン(49°15′)まで来たが...
和辻哲郎 「鎖国」
便利!手書き漢字入力検索
