...何はとまれ、私の先生は初めて私の努力に対して賞讃するように頭を下げ、私が最初の稽古を終った時私をほめ、そして、多分はげます積りであったろうと思うが、私に一ヶ月もすれば能の演技で歌うことが出来るだろうといった...
エドワード・シルヴェスター・モース Edward Sylvester Morse 石川欣一訳 「日本その日その日」
...とまれ、春になれば、誰でも戸外に出かける...
石川欣一 「山を思う」
...とまれ現識の豊富なことは世間では...
中原中也 「芸術論覚え書」
...――とまれ無形の期待なぞといふものはない...
中原中也 「詩と其の伝統」
...とまれ先が見えないということは...
葉山嘉樹 「海に生くる人々」
......
樋口一葉 「別れ霜」
...とまれ、私は古いスケジュールを果たしていこう...
松濤明 「山想う心」
...宿屋(やどや)へとまれば宿銭(やどせん)を取られる...
マロ Malot 楠山正雄訳 「家なき子」
......
三好達治 「霾」
...世はみな君をあざむとも、とまれ、千とせのいちにんにうなづかれまくものはのたまへ...
與謝野晶子 「晶子詩篇全集拾遺」
...とまれ、孔明の家がらというものは、その叔父だった人といい、また現在呉に仕えている長兄の諸葛瑾(しょかつきん)といい、彼の妻黄氏(こうし)の実家といい、当時の名門にちがいなかった...
吉川英治 「三国志」
...――以後、北条氏がとって代ってからは、中興のひと北条泰時(やすとき)の善政、最明寺時頼(さいみょうじときより)の堅持、また、元寇(げんこう)の国難にあたった相模太郎(さがみたろう)時宗などの名主(めいしゅ)も出て、とまれ、北条家七代の現執権高時の今にいたるまで、南北の六波羅探題以下、評定衆(ひょうじょうしゅう)、引付衆(ひきつけしゅう)、問注所(もんちゅうじょ)執事、侍どころ所司(しょし)、検断所、越訴(えっそ)奉行などのおびただしい鎌倉使臣が居留しているその政治的聚落(じゅらく)も、いつか百年余の月日をここにけみしていた...
吉川英治 「私本太平記」
...とまれ、後醍醐がお泊りの宿所は捜すまでもなかった...
吉川英治 「私本太平記」
...とまれ、その日はすぐさま、大江山一帯の陣地構成がいそがれた...
吉川英治 「私本太平記」
...とまれ彼は、残敵を掃蕩(そうとう)しながら、その日の午後にはもう博多の内へ入っていた...
吉川英治 「私本太平記」
...……とまれ正成と会うて後...
吉川英治 「私本太平記」
...とまれ、事態はあきらかに、最悪を告げて居る...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...とまれ希望の酬(むく)われを見たように...
吉川英治 「田崎草雲とその子」
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