...仲麿の歌なぞに頓着なく...
薄田泣菫 「茶話」
...春信の繪を見ても、歌麿、豐國の繪を見ても、たま/\背景を畫いてあると、何か南畫の粉本からでも借りてきたやうな、着物の線とはまるで調子のとれない、ぎこちない線條で畫いてゐる...
竹久夢二 「砂がき」
...近衛篤麿(このえあつまろ)公が座長に推され...
太宰治 「惜別」
...これだけのわずかな要点を抽出して考えても歌麿(うたまろ)以前と以後の浮世絵人物画の区別はずいぶん顕著なものである...
寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
...歌麿の「道行」は彼が生涯の諸作を通じて決して上乗(じょうじょう)の者にあらざれども...
永井荷風 「江戸芸術論」
...ゴンクウルはその著『歌麿伝』の終(おわり)において広重がしばしばその板行絵の色摺をして歌麿盛時の如くならしめんと企てたれど遂(つい)に不可能なりし事を記(しる)したり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...」此(かく)の如く歌麿の錦絵に現れたる光沢なき弱き色調はゴンクウルの賞讃措(お)く能はざる所にして彼は篇中到(いた)る処(ところ)語を変へ辞を重ねてその説明に倦(う)まざりき...
永井荷風 「江戸芸術論」
...この年(明治二十四年)Goncourt(ゴンクウル)の歌麿伝出でぬ...
永井荷風 「江戸芸術論」
...今は近藤勇も、虎徹も、清麿も、いずれへか影をひそめてしまって、残るものは、今の女性が残して行った雰囲気の動揺だけであります...
中里介山 「大菩薩峠」
...且つまた、この季麿秀才は、年に似合わぬ博学多才で、能文達識で、品行が方正で、ことに人の悪口などを言うことが最も嫌いな好学の青年でありましたから、それに張合いのある博士は言葉をつづけて言う様は、「この世界は一つの寓話(ぐうわ)に過ぎないのですよ、釈尊は最も譬喩(ひゆ)をよく用いました、おそらく釈尊ほど卓越した修辞家はありますまい、また、古来のあらゆる作家よりも優れた作家は即ち釈迦です、ドコの国に、あれほど優秀な譬喩の創作者と、使用者とがありましたか...
中里介山 「大菩薩峠」
...ところでこのラファエルや歌麿は必ず出て来なければならない人間であろうか...
夏目漱石 「創作家の態度」
...椿三千麿は考へましたね...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...荒木田久老(あらきだひさおい)の『信濃漫録(しなのまんろく)』の中にも龍麿の説を信用しないようなことを書いております...
橋本進吉 「古代国語の音韻に就いて」
...村田懋麿(しげまろ)氏の『鮮満植物字彙』にもこの誤りを敢てしている)そのものでは断じてない...
牧野富太郎 「植物一日一題」
...兼松弥次と荒木一次とを拉して人麿祠の岡に上る...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...また歌麿(うたまろ)の版画の「上の息子」の身のこなし...
與謝野晶子 「晶子詩篇全集」
...「はい」十八公麿は...
吉川英治 「親鸞」
...十八公麿のすがたが...
吉川英治 「親鸞」
便利!手書き漢字入力検索
この漢字は何でしょう??