...自ら末路を早むる所以なるを知らざる韓廷の擧措吾人は寧ろ愍情に堪へざるものに候◎露國議會の解散 凡露國政府は若し國民議會にして海軍再興費を否決するに於ては斷然解散すべしと各議員を威嚇しつゝある由倫敦電報によりて報ぜられ候若し同案を遂行するとせば十ヶ年間に亘り三億一千九百萬磅を要すべく全國の輿論は全たく之に反對しつゝありと申す事に候...
石川啄木 「雲間寸觀」
...韓湘(かんしやう)慰(なぐさ)めて曰(いは)く...
泉鏡花 「花間文字」
...韓太子が主で、公爵を從にして待遇しようとした河島長官は、衆人稠坐(ちうざ)而も藝者などが澤山ゐる中で、公爵から叱り附けられた...
岩野泡鳴 「泡鳴五部作」
...それから以後になって五カ条の日韓条約が成立し...
林不忘 「安重根」
...けれども『訐』の字を書いたのは支那には韓方明の外ありませぬ...
内藤湖南 「弘法大師の文藝」
...支那の文学は『離騒(りそう)』を始めとして韓柳(かんりゅう)の文李杜(りと)の詩に至るまで皆副業の産物なり...
永井荷風 「小説作法」
...常たえずさへぐ韓國...
長塚節 「長塚節歌集 中」
...韓信(かんしん)丹次...
野村胡堂 「随筆銭形平次」
...七年韓使来聘時公儀役人通行用掛...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...孫仲(そんちゅう)・韓忠(かんちゅう)・趙弘(ちょうこう)の三賊将がたて籠っていた...
吉川英治 「三国志」
...――また、孫堅がうしろには程普、黄蓋、韓当などの輩が、「主人の大事」と、ばかり各、剣環(けんかん)を鳴らしてざわめき立った...
吉川英治 「三国志」
...さしもの韓当もすでに危うしと見えた時である...
吉川英治 「三国志」
...韓信だに、王に封ぜられたものを、いつまで、区々たる丞相府(じょうしょうふ)の一旗下で居たまうわけはない……」「ウーム、だが……」呂布は牙を噛んで呻(うめ)いた...
吉川英治 「三国志」
...この韓胤なる者は...
吉川英治 「三国志」
...「一つは韓暹(かんせん)の首...
吉川英治 「三国志」
...韓遂の部下を手当り次第に誅殺(ちゅうさつ)していた...
吉川英治 「三国志」
...危地に陥ったかと曹操の身が困難に見えたとき、彼の味方もまた、鼓を鳴らして、孫権のうしろを突きくずし、乱軍の相(そう)を呈しかけた機(しお)に、魏の許(きょちょ)は、刀を舞わして周泰、韓当を退け、辛くも曹操を救い出して、中軍へ帰った...
吉川英治 「三国志」
...韓滔、敵の砲陣へ、新手の連環馬陣をやって蹴ちらせ!」すでに、敵味方の喊声(かんせい)は、野面(のづら)を埋め、水に谺(こだま)し、凄絶きわまるものがある...
吉川英治 「新・水滸伝」
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救急車の音