...関東の学者、道春以来、新井、室(むろ)、徂徠(そらい)、春台(しゅんだい)らみな幕府に佞(ねい)しつれども、その内に一、二箇所の取るべき所はあり...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...其後徳川の時代になつて林道春が「神社考」を書いた時にも...
内藤湖南 「應仁の亂に就て」
...徳川時代に入りては林道春父子の日本書籍考...
内藤湖南 「敬首和尚の典籍概見」
...徳川政府の初にあたりて主として林道春(はやしどうしゅん)を採用して始めて儒を重んずるの例を示し...
福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
......
水谷まさる 「歌時計」
...折から夏のことなるに、道春、家城が家に居ながら、しきりに眠りを催しければ、側(そば)にありたる大福帳を引きよせ、枕にして、宰予が楽しみに周公をや夢みられしと思わる...
南方熊楠 「失うた帳面を記憶力で書き復した人」
...道春見舞に来たられ...
南方熊楠 「失うた帳面を記憶力で書き復した人」
...道春聞いて、その帳とはいかなる物ぞ...
南方熊楠 「失うた帳面を記憶力で書き復した人」
...家城答えて(中略)当夏私(わたくし)店(みせ)へ御出での時、取り敢えず枕にして昼寝をなされた大福帳のことで厶(ござ)ります、(中略)もはやかの帳を失い申す上は、病目(やみめ)に茶を塗ったごとく、座頭の杖に離れしように、便りなく覚え、これからは身代潰し申すより外なく候と、うろうろ涙の悔みを聞いて、道春手をうち、われいつぞや一睡さめての後、かの帳をくり返し、さらさらと一通り披見せしが、その帳の付け自然と心に止まり、今もって忘るることなし、(中略)まず何にもせよ書いてみん、ひらさら帳をとじよとて、しきりに催促せられければ、是非なく紙を差し出だす...
南方熊楠 「失うた帳面を記憶力で書き復した人」
...林道春(はやしどうしゅん)の文を雕(ほ)りたる石碑立てりとある...
南方熊楠 「十二支考」
...桑門虚舟(きょしゅう)子の『新沙石集(しゃせきしゅう)』四に、『経律異相』から『譬喩経』を引いて、「人あり、老いたる妻に聞きて白髪を残し黒きを抜き、また若き妻に聞きて白髪を抜き白粉(おしろい)を面に塗り青黛(せいたい)を眉(まゆ)に描く、小婦も老婦もこれを醜しとし追い出す、農して自活せんと思いしに、雨ふれば峰に登り日照れば谷に下りていたずらに暮しぬれば、畜生の報いを受けて犬となるに習因残れり、一の大河を隔てて東西に人里ある所に生まれて、朝の烟(けむり)東の里に立つ時は東に廻り到る、烟は立てども食いまだ出来ざる間、また西の里に烟立つを、いずれはさりともと思うてまた河を廻りて西に着くほどに、河の中にて力竭(つ)きて空しく流れ失(う)せぬ、心多き物は今生後生ともに叶わぬなり」と記せるを見るに、もと心の一定せぬ物は思い惑うて心身を労(つか)らし、何一つ成らぬという喩(たと)えに作られた仏説なるを、道春不案内で、実際そんな事蹟があったと信受して碑文を書いたのだ...
南方熊楠 「十二支考」
...その四十抽斎は有合せの道春点(どうしゅんてん)の『論語』を取り出させて...
森鴎外 「渋江抽斎」
...三上道春(みかみどうしゅん)...
森鴎外 「渋江抽斎」
...昔の林道春の時分から伝わってきた「千代田文庫」と...
柳田国男 「故郷七十年」
...林道春の旧蔵本などには「渭雲遠樹書屋」の捺印や...
柳田国男 「故郷七十年」
...林道春の立派な鑑定書がついている...
山本笑月 「明治世相百話」
...林道春(はやしどうしゅん)の編修した本朝通鑑(ほんちょうつがん)という大部(だいぶ)な書物などがそれだ)あまりな大言に聞えた...
吉川英治 「梅里先生行状記」
...林道春の輩(はい)には...
吉川英治 「梅里先生行状記」
便利!手書き漢字入力検索
この漢字は何でしょう??
- 俳優の杉浦太陽さん: 5人の子を持つタレントで、筋トレで12キロ増量した父。💪
- アニメーターの芝山努さん: 「ドラえもん」など 数多くの国民的人気アニメ作品を監督したアニメ監督、死去🙏
- 声優の北川米彦さん: 声優、94歳で肺炎のため永眠。🕊️
