例文・使い方一覧でみる「象山」の意味


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...象山の燧石(ひうちいし)と相鑽(う)つ...   象山の燧石と相鑽つの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...固より象山啓発の力...   固より象山啓発の力の読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...象山儼然(げんぜん)として曰く...   象山儼然として曰くの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...「象山高く突兀(とっこつ)たり...   「象山高く突兀たりの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...象山また善視し、常に励まして曰く、「士は過(あやまち)なきを貴しとせず、過を改むるを貴しと為す...   象山また善視し、常に励まして曰く、「士は過なきを貴しとせず、過を改むるを貴しと為すの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...象山常に春秋の義を引き...   象山常に春秋の義を引きの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...象山始めて獄に下り...   象山始めて獄に下りの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...また以て如何に松陰が象山に推服したる...   また以て如何に松陰が象山に推服したるの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...「夫(そ)れ象山先生は...   「夫れ象山先生はの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...象山が嘆息したのは...   象山が嘆息したのはの読み方
中里介山 「大菩薩峠」

...「忠勇」と大書した佐久間象山の大額が...   「忠勇」と大書した佐久間象山の大額がの読み方
正岡容 「寄席」

...アリストテレースの後西洋の哲學史上には新プラトーン學派と云ふものがある、是れは耶蘇教の神學に對して大變大切なものであるが、詳しいことは話が餘り六ヶしなるから略しますが、此新プラトーン學派なるものも、段々其の思想の由來を尋ねると、印度思想を繼承して居るものであるといふことが判つて來た、此の新プラトーン學派では、矢張り肉體を牢屋に比較して心を光明若しくは鏡に例へて居り、肉體を離れてしまはなければ到底解脱は出來ないといふことを唱へて居るのである、のみならず此の學派に於ては行をやつて居る、行といふのは坐り込んで沈思默考することである、吾々の眼や耳や其の他外感より入り來る智識を捨て去つて、感覺的世界を離れ世の眞理を考へ悟るには、唯沈思默考するより外に方法はないと説いて居る、是れが丁度印度の行といふものと同じことである、是等の説も印度から段々傳はつて來たものであらうと考へられる、尚紀元後二三世紀頃に顯はれた耶蘇教のグノスチチスムスといふ説に於ても是れと同じである、若し然うであるとすれば、耶蘇教の神學なるものも、間接に印度の思想が這入つて居るものであると言ふことが出來る、斯ういふ例は尚澤山あるのでありますが、餘り長くなるからモー一つ最近に於てのお話を一言して置きませう、諸君もお聞きになつたことでありませうが、近代獨逸に於て有名なる厭世的哲學者シヨペンハワーと云ふ人は、現世を以て苦痛と觀じ、何うかして此の苦痛の世の中を脱却しなければ到底解脱は出來ないといふことを説き、而して最後に隱遁を以て是れが最好方便となした、此の人も矢張り印度の哲學を土臺として居る、印度には佛以前に於て既に立派な哲學があつて、是をウパニシヤツドと云ひました、今から二千五六百年も以前に出來て居る、而して此の哲學書は千六百五十六年に波斯譯になつて居る、是れが千八百年の初め、佛蘭西のアンクチル、ヂユペロンと云ふ人によつて羅甸語に譯された、此の飜譯は歐羅巴の學者の間に非常に持囃され、彼のシヨペンハワーも亦其の愛讀者の一人で、彼は是れを見て世界に於て最も價値あり、又最も高尚なる教であり、是れに依つて我生を慰むる事をも出來れば、又我が死を慰むることも出來ると稱讃したのである、して見ると近代哲學に至る迄印度の思想は著しい影響を與へて居るといはなければならぬ、支那に於ける佛教の影響に至つては更に著しいものがある、支那宋時代の哲學は殆んど佛教の基礎の上に成立つて居るといつても差支ないのである(勿論佛教學者は別として)、唐代に於ても夫の韓退之は佛教嫌ひであつたが、韓退之の弟子に李といふ人があつた、この人は嘗て藥山に上つて禪學を修めたものであるから、其の性説などは殆ど佛教と同じである、けれども表向き佛教を尊ばず、佛教は取るべからざるものといつて居るが、支那人はいつも此の筆法で、裏面では如何に佛教に歸入して居つても、表面は何處迄も儒者として立たうと勉めて居る、宋代の有名なる學者は、必ず一度は佛門に入つて居る、だから佛教の思想の意識的若しくは無意識的に顯はれ來るのは當然である、而してこの佛教的思想は、支那哲學の上に於て非常に大切なものであつて、宋學が支那哲學史上に於て著しき發展を爲したのは全く之が爲である、夫の陸象山、王陽明の如きに至つては、既に明かに悟道を標榜して居るのであります、而して是等の説が日本に傳はつて、朱子學派であるとか王陽明學派であるとかいふやうに、今日に至る迄尚研究されて居る、だから支那(又日本)に於て、印度思想が如何に大なる影響を與へたものであるかは、何人も容易に想像し得らるる所であつて、之れがなかつたならば少くとも宋代以後の哲學は殆ど出來なかつたでもあらう...   アリストテレースの後西洋の哲學史上には新プラトーン學派と云ふものがある、是れは耶蘇教の神學に對して大變大切なものであるが、詳しいことは話が餘り六ヶしなるから略しますが、此新プラトーン學派なるものも、段々其の思想の由來を尋ねると、印度思想を繼承して居るものであるといふことが判つて來た、此の新プラトーン學派では、矢張り肉體を牢屋に比較して心を光明若しくは鏡に例へて居り、肉體を離れてしまはなければ到底解脱は出來ないといふことを唱へて居るのである、のみならず此の學派に於ては行をやつて居る、行といふのは坐り込んで沈思默考することである、吾々の眼や耳や其の他外感より入り來る智識を捨て去つて、感覺的世界を離れ世の眞理を考へ悟るには、唯沈思默考するより外に方法はないと説いて居る、是れが丁度印度の行といふものと同じことである、是等の説も印度から段々傳はつて來たものであらうと考へられる、尚紀元後二三世紀頃に顯はれた耶蘇教のグノスチチスムスといふ説に於ても是れと同じである、若し然うであるとすれば、耶蘇教の神學なるものも、間接に印度の思想が這入つて居るものであると言ふことが出來る、斯ういふ例は尚澤山あるのでありますが、餘り長くなるからモー一つ最近に於てのお話を一言して置きませう、諸君もお聞きになつたことでありませうが、近代獨逸に於て有名なる厭世的哲學者シヨペンハワーと云ふ人は、現世を以て苦痛と觀じ、何うかして此の苦痛の世の中を脱却しなければ到底解脱は出來ないといふことを説き、而して最後に隱遁を以て是れが最好方便となした、此の人も矢張り印度の哲學を土臺として居る、印度には佛以前に於て既に立派な哲學があつて、是をウパニシヤツドと云ひました、今から二千五六百年も以前に出來て居る、而して此の哲學書は千六百五十六年に波斯譯になつて居る、是れが千八百年の初め、佛蘭西のアンクチル、ヂユペロンと云ふ人によつて羅甸語に譯された、此の飜譯は歐羅巴の學者の間に非常に持囃され、彼のシヨペンハワーも亦其の愛讀者の一人で、彼は是れを見て世界に於て最も價値あり、又最も高尚なる教であり、是れに依つて我生を慰むる事をも出來れば、又我が死を慰むることも出來ると稱讃したのである、して見ると近代哲學に至る迄印度の思想は著しい影響を與へて居るといはなければならぬ、支那に於ける佛教の影響に至つては更に著しいものがある、支那宋時代の哲學は殆んど佛教の基礎の上に成立つて居るといつても差支ないのである、唐代に於ても夫の韓退之は佛教嫌ひであつたが、韓退之の弟子に李といふ人があつた、この人は嘗て藥山に上つて禪學を修めたものであるから、其の性説などは殆ど佛教と同じである、けれども表向き佛教を尊ばず、佛教は取るべからざるものといつて居るが、支那人はいつも此の筆法で、裏面では如何に佛教に歸入して居つても、表面は何處迄も儒者として立たうと勉めて居る、宋代の有名なる學者は、必ず一度は佛門に入つて居る、だから佛教の思想の意識的若しくは無意識的に顯はれ來るのは當然である、而してこの佛教的思想は、支那哲學の上に於て非常に大切なものであつて、宋學が支那哲學史上に於て著しき發展を爲したのは全く之が爲である、夫の陸象山、王陽明の如きに至つては、既に明かに悟道を標榜して居るのであります、而して是等の説が日本に傳はつて、朱子學派であるとか王陽明學派であるとかいふやうに、今日に至る迄尚研究されて居る、だから支那に於て、印度思想が如何に大なる影響を與へたものであるかは、何人も容易に想像し得らるる所であつて、之れがなかつたならば少くとも宋代以後の哲學は殆ど出來なかつたでもあらうの読み方
松本文三郎 「世界に於ける印度」

...象山びいきになったか」「む...   象山びいきになったか」「むの読み方
吉川英治 「脚」

...然し佐久間象山ほどな人が...   然し佐久間象山ほどな人がの読み方
吉川英治 「山浦清麿」

...象山先生は江戸へ出ていらっしゃる』『えっ...   象山先生は江戸へ出ていらっしゃる』『えっの読み方
吉川英治 「山浦清麿」

...そして、清麿から、例の疑いを、問い出さないうちに、象山から云った...   そして、清麿から、例の疑いを、問い出さないうちに、象山から云ったの読み方
吉川英治 「山浦清麿」

...礼をのべて、帰る際に、象山へ、『お座右(ざう)へ置くには足りませぬが、いずれ一口(ひとふり)、その心をもって鍛ったものを持って参りまする』と約して別れた...   礼をのべて、帰る際に、象山へ、『お座右へ置くには足りませぬが、いずれ一口、その心をもって鍛ったものを持って参りまする』と約して別れたの読み方
吉川英治 「山浦清麿」

...象山はあれから後...   象山はあれから後の読み方
吉川英治 「山浦清麿」

「象山」の読みかた

「象山」の書き方・書き順

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節分の豆まき免除は坂田姓?渡辺だけじゃない理由

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