...(七月二十三日)芭蕉又猿簔(さるみの)を読む...
芥川龍之介 「雑筆」
...世上の多くは、子規子の事業を云々し、子規子の議論を云々し、子規子の製作を云々す、しかれども予をもって見れば、これらの事実をもって子規子を偉人なりというは当らず、何となれば、俳句は元禄に興り天明に進歩し、明治に中興せり、子規子の事業と言わばその俳句中興の主動者たるにあり、その成功も決して小ならずといえども、それをもって子規子を偉人なりといわば偉人なるものはあまりに小なり、その議論においてももちろん偉とするに足るものあることなし、その製作は俳句を主とし写生文、歌、雑筆等なりといえども、主なる俳句についていうも、芭蕉もしくは蕪村に対して、容易にその優劣を定めがたきものあるべし、もちろん芭蕉、蕪村に有せざるものも子規子に多からんが、子規子に有せざるものの芭蕉、蕪村に多きもまた明(あきらか)なり、写生文、歌、雑筆等においては、これを偉人の事業としては、むしろ論ずるに足らずというを適当なりとせん...
伊藤左千夫 「絶対的人格」
...裏手の方に門があり、太湖石があり、笹があり、芭蕉があり、苔もここのはさびて白緑色を呈していて、陽のかげに生じているのは群青色になっている...
上村松園 「余齢初旅」
...芭蕉はそれを耳にすると...
薄田泣菫 「独楽園」
...生涯を如何に遊び了らうかの一途に委ねた芭蕉その人に...
相馬御風 「遊びの藝術」
...尚白の四人は芭蕉の主な弟子で芭蕉とともにいずれも元禄(げんろく)時代...
高浜虚子 「俳句とはどんなものか」
...芭蕉翁発句集鑑賞...
種田山頭火 「行乞記」
...しかしこの方法の極度に発達したものがすでに芭蕉晩年の俳諧において見いださるるのである...
寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
...芭蕉がいかにしてここに到着したか...
寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
...私は松や蘇鉄(そてつ)や芭蕉(ばしょう)なぞに其の年の霜よけを為(な)し終えた植木屋の安(やす)が...
永井荷風 「狐」
...芭蕉翁の如き名人でもこれだな...
中里介山 「大菩薩峠」
...路傍に円座して芭蕉(ばしょう)の葉に盛ったさいごん米と乾(ドライ)カレーを手づかみで食べている舗装工夫の一団...
牧逸馬 「ヤトラカン・サミ博士の椅子」
...殊(こと)に古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉の句に至りては殆んど春季の感なし...
正岡子規 「俳諧大要」
...翻(ひるがえ)って芭蕉はいかんと見ればその俳句平易高雅...
正岡子規 「俳人蕪村」
...芭蕉の句はことごとく簡単なり...
正岡子規 「俳人蕪村」
...支考の如く芭蕉を本尊にして自説を誇張する者すら...
正岡子規 「古池の句の弁」
...芭蕉の門に入ったばかりで...
山本周五郎 「其角と山賊と殿様」
...喜左衛門は似相(じそう)という俳号をもって、蕉風の俳諧では、すでに旦那芸の域をぬきんでていた...
山本周五郎 「其角と山賊と殿様」
便利!手書き漢字入力検索
この漢字は何でしょう??