...冬へかけての胡地(こち)の気候とを考えれば...
中島敦 「李陵」
...虎(とら)を格殺(かくさつ)したり岩に矢を立てたりした飛将軍(ひしょうぐん)李広の驍名(ぎょうめい)は今もなお胡地(こち)にまで語り伝えられている...
中島敦 「李陵」
...もう少し早くかねての計画――単于(ぜんう)の首でも持って胡地(こち)を脱するという――を実行すればよかったという悔いを除いては...
中島敦 「李陵」
...初め一概に野卑(やひ)滑稽(こっけい)としか映(うつ)らなかった胡地(こち)の風俗が...
中島敦 「李陵」
...胡地の自然の中での生活は一日といえども続けられないのである...
中島敦 「李陵」
...漢の中郎将(ちゅうろうしょう)蘇武(そぶ)が胡地(こち)に引留められていた...
中島敦 「李陵」
...李陵(りりょう)が悶々(もんもん)の余生を胡地(こち)に埋めようとようやく決心せざるを得なくなったころ...
中島敦 「李陵」
...十九年前蘇武に従って胡地(こち)に来た常恵(じょうけい)という者が漢使に遭(あ)って蘇武の生存を知らせ...
中島敦 「李陵」
...前に述べた任立政(じんりっせい)らが胡地(こち)に李陵(りりょう)を訪(たず)ねて...
中島敦 「李陵」
...昭君ガ漢宮ノ姫人ニシテ遠ク胡地ニ沈淪シテ死スルニ至テハ...
※[#「さんずい+(壥−土へん−厂)」、第3水準1-87-25]上漁史 「青塚ノ説」
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正岡子規 「俳人蕪村」
...「胡地」の語のごときあまり耳遠く普通に用いるべきにはあらざるを...
正岡子規 「俳人蕪村」
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正岡子規 「俳人蕪村」
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正岡子規 「俳人蕪村」
...「胡地」の語の如き余り耳遠く普通に用ゐるべきには非るを...
正岡子規 「俳人蕪村」
...胡地の馬も犬も然る事なし...
南方熊楠 「十二支考」
...蘇武が胡地に節を守った時鼠を食うたという...
南方熊楠 「十二支考」
...また元帝が王昭君(おうしょうくん)を胡地(こち)へ送ったはなしも有名なものではありませんか...
吉川英治 「三国志」
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