...「蘇我狗子」は、天武天皇の時代に、聖武天皇の諒闇を祭った際の祭りの弓取り合戦で武勲を挙げた人物で、蘇我犬養の従兄弟とされている...
...「文帝」とは、日本の奈良時代に大宝律令を制定した、聖武天皇の号です...
...早くも七二九年聖武(しょうむ)天皇奈良(なら)の御殿において百僧に茶を賜うと書物に見えている...
岡倉覚三 村岡博訳 「茶の本」
...東大寺の開基というのは聖武天皇とバラモン僧正...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...聖武天皇は道教は日本には要らないと仰せられた...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...天平盛期にあたっていしくも聖武天皇は国家の総力をあげて東大寺に五丈余尺の金銅毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)を建立あらせられた...
高村光太郎 「美の日本的源泉」
...宇佐八幡を聖武天皇が勸請されたのは大佛造營に必要な金及び銅を得んが爲めであつたとしてそれを柳田氏の説に結びつけて...
竹内勝太郎 「淡路人形座訪問」
...聖武天皇のような昔の天皇は...
蜷川新 「天皇」
...それは光明皇后が聖武天皇の冥福のために納められたものとして昔から言ひ傳へられてあつたのを...
野上豐一郎 「奈良二題」
...聖武天皇の御代に...
長谷川時雨 「春宵戲語」
...それが聖武天皇陵の近くの池であるらしい事を地圖で知り...
堀辰雄 「黒髮山」
...聖武天皇が紀伊国岡の宮に駐(とど)まりたまいしという御旧蹟なるを見出だせしゆえ...
南方熊楠 「神社合祀に関する意見」
...(Ellis,‘Studies in the Psychology of Sex’ vol., 138 Phila., 1927)之を聽た記事は、先づ、日本靈異記中に、聖武天皇の御世、大和國十市郡菴地村の大富人鏡作連の女、萬之子てふ美人が人に嫁ぐ、其夜閨内有レ音而言二痛哉一三遍、父母聞レ之、相談曰、未レ效而痛、忍猶寐矣、明曉其女の母、戸を叩けど答へず、開きみれば、頭と一指の外はみな食れ有たと出づ...
南方熊楠 「蓮の花開く音を聽く事」
...これ聖武の陵(みさゝぎ)なりといふ...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...聖武帝と光明皇后...
吉川英治 「折々の記」
...大仏殿は、聖武の世から、二度焼けている...
吉川英治 「随筆 新平家」
...聖武、光仁帝の大昔から、「南海ノ賊大イニ乱ル」という公紀(こうき)が見えない時代はない...
吉川英治 「随筆 新平家」
...聖武天皇などの歴世を通じて...
吉川英治 「平の将門」
...生身の観音を拝みたくば「大日本国聖武王の正后光明女の形」を拝めという告げがあった...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
...光明后を配(はい)とする聖武帝にすら他に夫人があった...
和辻哲郎 「古寺巡礼」
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