...翌々年は肥料を施すことがいらない...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...オリムピックの翌々年の春でした...
田中英光 「オリンポスの果実」
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谷崎潤一郎 「春琴抄」
...則重の許へ輿入(こしい)れをしたのは城攻めの翌々年にあたる天文二十年...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...翌々年の夏、私共が信州星野温泉地にある小家に暮してゐた時、寺田氏は淺間山峰の茶屋附近にある地震研究所の御用で、星野温泉の別莊に滯在中で或日の午後來訪された...
土井八枝 「隨筆 藪柑子」
...ゴルドン伝を書いた翌々年「寄生木(やどりぎ)」の主人公から突然「寄生木」著作の事を委托(いたく)された...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...妻を失つた翌々年自分も到頭夭死をしたが...
内藤湖南 「藏書家の話」
...翌々年「聖(サン)セバスチアンの殉教(じゅんきょう)」を初演した...
野村胡堂 「楽聖物語」
...翌々年すなわち長享三年の三月...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...第一番にこの弾劾投票の犠牲となったのはヒッパルコス(Hipparchos)であるが、この法の立案者クレイステネス自身も、制定の翌々年、ペルシアと款(かん)を通じたとの嫌疑の下に、かの商鞅と運命を同じくせざるを得なかったのである...
穂積陳重 「法窓夜話」
...翌々年、一九一六年の五月まで、二年間開かずの家である...
牧逸馬 「生きている戦死者」
...その翌々年の春あたり...
正岡容 「わが寄席青春録」
...件(くだん)の竜葬洲は今日古巨獣の化石多く出す南濠州の泥湖様の処で、竜が雲雨を興す所皆竜骨ありとは、偉大の化石動物多き地を毎度風雨で洗い落して夥しく化石を露出するを竜が骨を蛻(ぬぎか)え風雨を起して去ると信じたので、原因と結果を転倒した誤解じゃ、『拾遺記』や『述異記』は法螺(ほら)ばかりの書と心得た人多いが、この記事などは実話たる事疑いなし、わが邦にも『雲根志(うんこんし)』に宝暦六年美濃巨勢村の山雨のために大崩れし、方一丈ばかりな竜の首半ば開いた口へ五、六人も入り得べきが現われ、枝ある角二つ生え歯黒く光り大きさ飯器のごとし、近村の百姓怖れて近づかず耕作する者なし、翌々年一、二ヶ村言い合せ斧鍬など携えて恐る恐る往き見れば石なり、因って打ち砕く、その歯二枚を見るに石にして実に歯なり、その地を掘れば巨大なる骨様の白石多く出(い)づと三宅某の直話(じきわ)を載せ居る、古来支那で竜骨というもの爬虫類に限らず、もとより化石学の素養もなき者が犀象その他偉大な遺骨をすべてかく呼ぶので(バルフォール『印度事彙』一巻九七八頁)、讃岐小豆島の竜骨は牛属の骨化石と聞いた...
南方熊楠 「十二支考」
...江戸へ戻ったのは翌々年の三月であった...
山本周五郎 「桑の木物語」
...翌々年の秋の末、新五兵衛がとつぜん病歿(びょうぼつ)した...
山本周五郎 「日本婦道記」
...終戰後の翌々年かと覺えてをります...
吉川英治 「折々の記」
...いつから、この京都においでなので」「お身が、豊田郷から、京都へ出た、翌々年のことさ...
吉川英治 「平の将門」
...翌々年には改正して発布されたが...
和辻哲郎 「鎖国」
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