...纔(わず)かに板を持って来て...
泉鏡花 「海の使者」
...纔かに自ら腹いせをしてゐたのである...
堺利彦訳 幸徳秋水訳 「共産黨宣言」
...纔(わず)かに「筑摩軍記」の中に暗示的な一二行の文句があるのみで...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...旅亭の古看板の幾年月の塵埃(ちりほこり)に黒みて纔(わづ)かに軒に認めらるゝ...
田山花袋 「秋の岐蘇路」
...それもほんの纔の間で...
田山花袋 「道綱の母」
......
永井荷風 「荷風戰後日歴 第一」
...只(ただ)纔(わずか)に和蘭の学校読本(どくほん)の中にチラホラ論じてあるより以上は知らなかった...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...纔にサトウハチロー君作詞にかゝる根津音頭とやらがその夜公開されるとの掲示が見られた位のことであつたが...
正岡容 「根津遊草」
...「竹裏成村纔両隣」と云ひ...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...半日清間纔領得...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...崇文盛化(そうぶんせいくわ)の余沢(よたく)は方(まさ)に纔(わづか)に社会に被及(ひきふ)するであらう...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...纔(わづか)に三年の時は無残にも...
與謝野晶子 「晶子詩篇全集」
...出帆までに纔(わづか)に余された二時間を利用して港に上(あが)つた...
與謝野寛、與謝野晶子 「巴里より」
...而(そ)して配達料はと云へば麻布の奥から本郷の奥まで米一俵を配達するにも一人の配達夫と一輛の車とを要し乍(なが)ら纔(わづか)に四銭か六銭である以上...
與謝野寛、與謝野晶子 「巴里より」
...会社は逓信省へ一年纔(わづか)に七千六百フラン(三百十四円)の請負料を納める丈(だけ)で其他(そのた)の小包料は一切会社の所得である...
與謝野寛、與謝野晶子 「巴里より」
...纔(わづ)か一時間で海峡を渡つたのである...
與謝野寛、與謝野晶子 「巴里より」
...(九月十六日)和蘭陀(ヲランダ)の二日(ふつか)和蘭陀(ヲランダ)はアムステルダムと海牙(ハアグ)との両都を纔(わづ)か二日(ふつか)で観て通つたに過ぎない...
與謝野寛、與謝野晶子 「巴里より」
...彼等が眠るには纔かな空氣しかいらなかつた...
ピエル・ロチ Pierre Loti 吉江喬松訳 「氷島の漁夫」
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