...ゆえに日本国と日本人民に関しては余は英国の碩学よりも...
内村鑑三 「基督信徒のなぐさめ」
...有名なる碩学(せきがく)が政壇に上りて人に笑われたるの例もあり...
福沢諭吉 「学問の独立」
...西洋碩學の説に、一國の人心を收攬して風俗を興すの方便は、其國々の民情舊慣に從て同じからずと雖ども、各國に通じて利用す可きものは、宗教、學事、音樂、謳歌等にして、殊に立君の國に於ては王室を以て人心收攬の中心たる可しと云へり...
福沢諭吉 「帝室論」
...其碩(きせき)の『国姓爺(こくせんや)明朝太平記』二の一章に...
南方熊楠 「十二支考」
...矢島玄碩の仕宦を評した一句がある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...長男周碩は生得(しょうとく)不調法(ぶちょうほう)にして仕宦(しかん)に適せぬと称して廃嫡を請い...
森鴎外 「渋江抽斎」
...前に小田原(おだわら)へ往った長男周碩(しゅうせき)と...
森鴎外 「渋江抽斎」
...今春碩(いまはるせき)らは成善に兼て医を以て仕えんことを勧め...
森鴎外 「渋江抽斎」
...此厄は世々の貴人大官碩學(せきがく)鴻儒(こうじゆ)及至諸藝術の聞人と雖(いへども)免れぬのである...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...井上の養父は碩平といって...
柳田国男 「故郷七十年」
...ことに碩平は大阪で修行をしてから姫路病院の内科部長として活躍した...
柳田国男 「故郷七十年」
...入込(いりごみ)に諏訪(すわ)の涌湯(いでゆ)の夕ま暮曲水(きょくすい)中にもせいの高き山伏 翁いふ事をたゞ一方へ落しけり珍碩(ちんせき)是などは次が至って花やかな恋の句に続くために...
柳田国男 「木綿以前の事」
...十常侍の蹇碩(けんせき)らが...
吉川英治 「三国志」
...臣下のわれわれも、久しぶり山野に鬱(うつ)を散じて、まことに、愉快な日であった」さりげなく答えると、呉碩(ごせき)、輯(ちゅうしゅう)のふたりは、改まって、「それだけですか」となじるようにいった...
吉川英治 「三国志」
...呉碩(ごせき)のふたりは...
吉川英治 「三国志」
...輯、呉碩は、「さてこそ」と、血の御文を拝し、哭(な)いて、連判に名をしるした...
吉川英治 「三国志」
...碩学(せきがく)も...
吉川英治 「親鸞」
...山城の大徳寺からきた碩学(せきがく)について...
吉川英治 「宮本武蔵」
ランダム例文:
便利!手書き漢字入力検索
- 野球選手の大谷翔平さん: 延長10回に決勝の適時内野安打を放ち、チームの連敗を止めた。 ⚾
- ラジオパーソナリティの小川真由美さん: 昭和を代表する女優で、日本アカデミー賞受賞などの実績を持つが、晩年は孤独な生活を送った。 😢
- 俳優の山本耕史さん: 舞台やミュージカルで安定した活躍を続ける国民的俳優。🎭
時事ニュース漢字 📺
