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田中貢太郎 「断橋奇聞」
...相公閣下、率直にいへば、我輩は閣下を當世の大政治家として、其人物を崇拜するものに非ず、又内治外交の政策に付ても、我輩は不幸にして多く閣下に同情を表する能はざるを悲む、さりながら維新の元勳として閣下の功勞は遠く伊藤井上の二者に出で、其維新後に於ける文武の事業も、亦赫々として人目に輝くもの多し、乃ち我輩は閣下の人物及其政策に敬服せざるの故を以て、決して閣下の國家に貢献したる功勞を忘るゝものに非ずと雖も、此れと同時に、我輩は近來閣下の政治的過失頗る少なからざるを認識し、而して閣下の晩節之れが爲めに大に負傷したるの事實をも認識するに於て、こゝに謹で閣下の處決を促がすの公開状を與へんとす...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...六山縣相公閣下、我輩は特に閣下の議院政略を攻撃するものに非ず、總て既往十餘年間に於ける藩閥政府の議院政略に對しては中心實に感服する能はざるもの多し、最初は超然主義を表面の口實として、裏面に於ては竊に吏黨を製造し、而も輿論の勢力終に當る可からざるを見るや、解散を以て議院を威嚇するを唯一の政略と爲し、屡々無名の解散を奏請して徒らに民心を激昂せしめ、而して立憲内閣の責任に付ては曾て自ら反省する所なかりき、是れ單に内閣の存立を目的として、時局の大體を觀察せざるより來れる暗愚の政略にして、其の最後の勝利が常に議院に歸したりしも復た怪むに足らず、此に於て乎次に政黨提携の事あり、稱して國務を分擔すといふと雖も、實は官祿を懸けて獵官者を買收したるに過ぎずして、眞に政黨を基礎として内閣の鞏固を謀るの意には出ざりき、憲政黨内閣起るに及んで、稍々政黨を基礎とするの體相を表示したりと雖も、政黨の訓練未だ到らずして權力分配の愚論黨人の間に唱道せられ、流石に國民の輿望を負へる内閣も、是れが爲に遂に無殘の末路を見たりき...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...十山縣相公閣下、閣下の内閣時代に及で、各部の行政機關が頗る荒廢したる事實は、獨り我輩内國人の眼中に映ずるのみに止らずして、東京駐在の列國外交官中にも往々帝國政府の不統一無能力を私議する者あり、現に我輩の聞く所に依れば外人居留地に關する登記事項すらも、政府は容易に其處置を施す能はずして時日を遷延し、其他新條約實施上の交渉案件にして、今も尚ほ滿足なる解答を得ざるもの多きが爲めに、彼等は已むを得ずして當局者以外の勢力家に協議を求むることありといふ、特に私立學校令に付て、文部當局者が外交官の反對の爲に左支右吾の行動ありしは、殆ど公然の事實にして、凡て此般の事、其の帝國政府の威信に關するや頗る大なりと謂はざる可からず...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...二十二山縣相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...二十三山縣相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...相公閣下、閣下今日の計は唯だ斷然闕下に拜趨して内閣の總辭職を奏請するに在り、閣下の内閣にして此の擧に出でむか、後に現はる可き内閣は、其の何人に依て組織せらるゝものたるに拘らず、必らず政黨を基礎とする内閣なる可きは必然の趨勢なり、但し其の内閣の完全なる政黨内閣たるを得るや否やは固より未だ知る可からずと雖も、其の内閣の閣下の内閣よりも進歩したるものなる可きは決して疑ふ可からず、たとひ然らずとするも一變局を經る毎に漸次政黨内閣に近づくの動機を促進するものたるに於て我輩は一日も早く閣下をして過渡の時代を善くせしめ、以て閣下の名譽を後昆に垂れむことを望むこと切なり、世に一種の俗論あり曰く、今日は孰れの政黨も絶對的多數を有するものなし、現内閣にしてたとひ總辭職を爲すことあるも、之れに代りて内閣を組織し得るの準備ある政黨は一も之れあることなし、内閣は遽かに更迭せしむ可からず、又更迭せしむるの必要なしと、我輩請ふ其の俗論たる所以を解説せむ...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...三十山縣相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...相公閣下、自由黨が閣下の内閣と提携したるは、蓋し閣下の内閣をして官屬主義の内閣ならしめんとするにあらずして、實に政黨内閣に入る可き過渡時代の内閣と認めたるに由れり、切言せば閣下の内閣は、自由黨の爲に試驗せられつゝあるなり、此の試驗にして自由黨の豫期したる如き結果を見ざれば、自由黨は如何なる手段を使用しても其當初の目的を達せずむば休止せざる可し、而して閣下は今や一方に於ては官屬主義の屬僚に擁せられ、一方に於ては政黨内閣を目的とせる自由黨に援助せられ、恰も南面すれば北狄怨み、北面すれば南蠻怨むの境遇に在り、閣下の現位地は亦頗る不思議なりと謂ふべし、其不思議なるは尚ほ可なり、是れ疑もなき閣下の災難なり、閣下にして苟くも進退其の機宜を誤まれば遂に屬僚にも離畔せられ、自由黨にも反對せられて、政界の立往生を爲すの外なきに至らむ、亦閣下の宜しく熟慮すべき場合に非ずや...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...七山県相公閣下、我輩の見る所にては、第十四議会の如きは、我国議会有つて以来最も醜悪の議会なりと断言せざる可からず、我輩は単に九十三日の期間に於て殆ど其の三分二を休会したる故を以て、直に当期議会を怠慢の議会なりと論ずるものに非ず、是れ最初より政府に盲従するを目的としたる議会に於て亦当然の顕象なればなり、如何に盲従の暗号たる読会省略説の歓迎せられたるかを見よ、如何に盲従の伝令使たる恒松某が政府の為に重宝がられたるかを見よ、斯くの如くにして盲従相談の委員会は本会議の議事を奪ひ、斯くの如くにして政府の提案は大抵討論を用いずして通過せらる、則ち我輩は二億五千四百万余円の大予算を提出したる政府の大胆を不思議とも思はず、又此未曾有の巨額に対して、僅に軍事費に於て四十余万円を削減したる議会の柔順なるにも驚かざるなり...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...十一山県相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...十八山県相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...相公閣下、閣下の閣僚たる清浦曾禰の両氏は、曩きに帝国党の組織に後援を与へ、今も現に其の黒幕として頗る尽力すといふと雖も是れ恐らくは閣下の利益に非らずして寧ろ閣下に禍ひせむ、何となれば是れ徒らに伊藤侯及び自由党の反感を買ふに過ぎざればなり、昨年国民協会の解散するや大岡育造氏は伊藤侯を擁して新政党を組織せむとしたるも、其の計画は佐々元田等の反対に沮まれて行はれざりしのみならず、閣下は清浦曾禰等の閣僚に誤られて帝国党の成立を助け、地方議員選挙の際の如きは、窃かに地方官に向つて、帝国党の候補者には十二分の援助を与よ、其他の政党員に対しては局外中立を守れと内訓して自由党の激昴を招きたるは公然の事実なり、大岡氏は旧国民派中には比較的智慮に富める人物なり、乃ち此般の現状を見て、頗る憤々の情に禁へざるものありしが為に、終に飄然として外国漫遊の客と為り、以て暫らく政変を待つの已むを得ざるに至れり、一の大岡氏を失ひたる如きは、たとひ帝国党を軽重するに足らずとするも、閣下の閣僚にして帝国党と密接の関係あるものは、唯だ清浦、曾禰の両氏のみにして、其他の閣僚は孰れも帝国党の微弱にして頼む可からざるを知り、現に桂子の如きは、寧ろ自由党と深く結托して、之れを利用せむとするの野心あり、西郷侯は頃日帝国党の首領たるを密約すと称せらると雖も、侯は自由党に対しても如何なる密約を為し居るやを知る可からざるに於て、閣下と帝国党との関係は反つて内閣の統一を破るの原因たらむ、閣下果して帝国党を以て頼むに足るの忠僕なりと信ずる乎...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...二十四山県相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...二十六山県相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...二十九山県相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...相公閣下、閣下今日の計は唯だ断然闕下に拝趨して内閣の総辞職を奏請するに在り、閣下の内閣にして此の挙に出でむか、後に現はる可き内閣は、其の何人に依て組織せらるゝものたるに拘らず、必らず政党を基礎とする内閣なる可きは必然の趨勢なり、但し其の内閣の完全なる政党内閣たるを得るや否やは固より未だ知る可からずと雖も、其の内閣の閣下の内閣よりも進歩したるものなる可きは決して疑ふ可からず、たとひ然らずとするも一変局を経る毎に漸次政党内閣に近づくの動機を促進するものたるに於て我輩は一日も早く閣下をして過渡の時代を善くせしめ、以て閣下の名誉を後昆に垂れむことを望むこと切なり、世に一種の俗論あり曰く、今日は孰れの政党も絶対的多数を有するものなし、現内閣にしてたとひ総辞職を為すことあるも、之れに代りて内閣を組織し得るの準備ある政党は一も之れあることなし、内閣は遽かに更迭せしむ可からず、又更迭せしむるの必要なしと、我輩請ふ其の俗論たる所以を解説せむ...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...三十山県相公閣下...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
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