...さうして時として無鐵砲と盲動とから來る僥倖をとり逃すことがあるに違ひない...
阿部次郎 「三太郎の日記 第一」
...盲動より來る僥倖を期待せざるは内面的必然によつて作り出されざる遭逢(エルフアールング)の遂に無意味に過ぎないことを知つてゐるからである...
阿部次郎 「三太郎の日記 第一」
...盲動から來る僥倖は事功の機縁とはなるであらう...
阿部次郎 「三太郎の日記 第一」
...加之ならず自分達が利慾的盲動や何よりも好きな不善の快楽を攻撃されるのが読書子側だから何となしに読書家を煙たがる...
内田魯庵 「家庭の読書室」
...こなごなにする盲動が...
太宰治 「古典風」
...犬のぢやれるやうに盲動して居た...
谷崎潤一郎 「Dream Tales」
...無識にして組織的成見を有せず是れ其動もすれば正径を誤るの盲動ある所以なり...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...「当代、意気に生きているものは近藤勇だ、彼は鬼ではない、男児の生命たる意気に生きている男だ、彼を鬼と見る奴は眼のない奴だ、天下は盲(めくら)千人の世の中だ、やあ失敬失敬、君に当てつけて言ったわけではないから、悪くとってくれるなよ」と、ここに斎藤もわずかに余裕を得て、いささか弁解に落つるの変通を示すことができたのは、眼のない奴とか、盲千人とか言ったが、偶然にも、最初から、前にいて神妙な聞き役となって、自分が昂奮しても昂奮せず、悲憤しても悲憤せず、最初の通りに、唐金(からかね)の獅噛火鉢(しがみひばち)の縁に両肱(りょうひじ)を置いて、岩永左衛門が阿古屋の琴を聞いている時と同様の姿勢を崩さない当の談敵(はなしがたき)が、眼前に眼をなくしていることに、ふいと気がついたものだから失笑し、たあいなく釈明に落ちてしまったが、また猛然として気焔が盛り返して来て、「それはまだいい方なのだ、一層下等な奴になると、彼が金銭のために働いている、利禄に目がくらんで盲動しとる――」またしても目前、盲動と言い、差合いが眼前にあることに今度は気がつかず、躍起となって、近藤のために多々益々(たたますます)弁ずるという次第であります...
中里介山 「大菩薩峠」
...ショペンハウワーと云う人は生欲の盲動的意志と云う語でこの傾向をあらわしております...
夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
...権力や金力のために盲動(もうどう)しないという事なのです...
夏目漱石 「私の個人主義」
...本能の発展盲動は...
野村胡堂 「随筆銭形平次」
...盲動はデスペレイトだ...
三好十郎 「恐怖の季節」
...単なる盲動ではなかったと言えるかも知れぬが...
柳田国男 「海上の道」
...いたずらに意味なき深入りをしてただ盲動をつづけておりましょうや...
吉川英治 「上杉謙信」
...――将軍の威望をそねむ鼠輩(そはい)の盲動...
吉川英治 「三国志」
...時に逆らう盲動は...
吉川英治 「三国志」
...かたく盲動を禁じた...
吉川英治 「三国志」
...そのうごきは盲動になって来た...
吉川英治 「新書太閤記」
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