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饗庭篁村 「木曾道中記」
...かくして誰か成功を百里の外に期するものぞ...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...思へばこの真夜中に幾百里とも知らぬ「あんちおきや」の都から...
芥川龍之介 「きりしとほろ上人伝」
...鉄道を敷いて一日に数百里も走ることができる...
丘浅次郎 「人道の正体」
...是水路(このすゐろ)日本道五百里ばかりなり...
京山人百樹刪定 「北越雪譜」
...そうして何百里の海を越えて遠く南海の浜まで送られたものであったのかと思うと...
寺田寅彦 「札幌まで」
...円(まど)かなる夢百里の外に飛んで眼覚むれば有明の絹燈蚊帳(かや)の外に朧(おぼろ)に...
寺田寅彦 「東上記」
...「こっからお江戸は三百里というからなァ――」と...
徳永直 「白い道」
...そして百里以上の海陸を経ることである故...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...ここから江戸まで三百里...
中里介山 「大菩薩峠」
...私の心と五百里位は離れている...
林芙美子 「放浪記(初出)」
...人が一歩歩く間に百里飛んでしまつたのでは調子が合はないから後退しようとするが...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...東京まで何百里も乘つたら卒倒するかも知れんから...
正宗白鳥 「入江のほとり」
...外の面には春日うららにありとあるひびきなせるを灰いろのこの館には百の人けはひだになし台の上桜はなさき行楽の士女さゞめかんこの館はひえびえとして泉石をうち繞りたり大居士は眼をいたみはや三月の人の見るなく智応氏はのどをいたづき巾巻きて廊に按ぜり崖下にまた笛鳴りて東へととゞろき行くは北国の春の光を百里経て汽車の着きけん...
宮沢賢治 「国柱会」
...辱知 江東生夕の光堤にもえし陽炎(かげろふ)は草の奈邊(いづこ)に匿(かく)れけむ緑は空の名と爲りて雲こそ西に日を藏(つゝ)めさゝべり淡き富士が根は百里(ひやくり)の風に隔てられ麓に靡く秋篠の中に暮れ行く葦穗山雨雲覆ふ塔(あらゝぎ)に懸れる虹の橋ならで七篠(なゝすぢ)の光...
横瀬夜雨 「花守」
...一日よく五百里(支那里)を飛ぶ迅足(はやあし)をもっておる」「では都へでも旬日(じゅんじつ)のまに行ってまた...
吉川英治 「新・水滸伝」
...もう一ト息ってえところでさ」すでに道は山東(さんとう)に入っており、冬の日も薄れだすと、楊柳の並木影は蕭条(しょうじょう)と肌寒く、街道百里、人影を見ることも稀れ……...
吉川英治 「新・水滸伝」
...といつた風にまだ見ぬ數百里外のこの大都會の榮華に憧れて居る情を烈しく私に訴ふるに過ぎないのだ...
若山牧水 「姉妹」
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