...兄さんのワイシャツが大阪では三日で汚れますが、此方では四日間は大丈夫ですさて雪子ちゃんの縁談のこと、いつもそちらでいろいろ心配して下すってほんとうに有難く思います、あの手紙と写真を早速兄さんに見せ相談しましたが、兄さんも近頃は心境が変化して前のようなうるさいことは云わず、大体あなた方に任せる気持になっているようです、ただ農学士で四十何歳になり水産技師をしているのではこの先そう月給が上る見込はないし、出世の道は止っているように思う、それで財産もなしに暮して行くのだと余り楽ではないだろうけれども、本人が承知なら兄さんは反対はしない、見合いも、本人の気が進んでいるならいつでも適当と思う時機にさせてくれて差支えないとのことです、ついては、もっとよく調べた上で見合いをさせるのが順序ですけれども、先方さんがそう云う希望なら、委(くわ)しい調べは後廻しにして見合いを急ぐことにしたら如何(いかが)でしょうか、多分貞之助さんから聞いてくれたことと思いますが、雪子ちゃんには私も手を焼いているので、何とか機会を拵えて一遍そちらへ行かしてやりたいと考えていたところなのです、昨日雪子ちゃんにも一寸話してみましたが、現金なもので、関西へ行けるとなったら見合いのことも直ぐ承知しました、そして今朝から急に元気づいてニコニコし出したのには、全く何と云う人だろうと呆(あき)れてしまいましたそちらで大体日取りをきめて下されば此方はいつでも立たせてやります、見合いが済んだら四五日で帰ると云うことにしておきますけれども、多少のところは延びても構いません、兄さんにはよいように云っておきます東京へ来てからまだ一遍も手紙を上げなかったので書き出したら長くなりました、今も背中へ水を浴びせられるような寒さで筆を持つ手も凍えるようです、蘆屋は暖かいでしょうけれども何卒くれぐれも風邪を引かないようにして下さい貞之助さんによろしく正月十八日鶴子幸子様東京をよく知らない幸子には、渋谷とか道玄坂附近とか云われても実感が湧(わ)いて来ないので、山手電車の窓から見た覚えのある郊外方面の町々、―――谷や、丘陵や、雑木林の多い入り組んだ地形の間に断続している家々の遠景、そのうしろにひろがっている、見るからに寒々とした冴(さ)えた空の色など、大阪辺とはまるで違う環境を思い浮かべて、勝手な想像をするより外はなかったが、「背中に水を浴びせられるような」とか「筆を持つ手も凍える」とか云う文句を読むにつけ、万事に旧式な本家では、大阪時代から冬も殆(ほとん)ど煖炉(だんろ)を使っていなかったことを思い出した...
谷崎潤一郎 「細雪」
...「現金なり物品なりの寄附に添えて来た手紙はどこだね...
アントン・チェーホフ Anton Chekhov 神西清訳 「妻」
...右の報を左に取る現金な都人から見れば...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...よか百姓でん現金な無かとだもん……」よか百姓でない貧農の女房たちは...
徳永直 「冬枯れ」
...斯う云ふ事は極めて現金なものであります...
内藤湖南 「弘法大師の文藝」
...張りきって力み返ったのは現金なものです...
中里介山 「大菩薩峠」
...花火なんざどうでも宜いんで」「現金な野郎だな」「腹を減らして...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...あれ美いちやんの現金な...
樋口一葉 「たけくらべ」
...あまりツッカケがよくないので川口機嫌よくない、現金な人だ...
古川緑波 「古川ロッパ昭和日記」
...さっさと外へ飛び出していってしまう現金な奴...
堀辰雄 「卜居」
...「現金な野郎だな...
正岡容 「圓太郎馬車」
...「まあ――現金な」そして...
三上於菟吉 「雪之丞変化」
...おっしゃる通りに……(内に入る)長五 現金な野郎だ...
三好十郎 「斬られの仙太」
...おっしゃる通りに……(内に入る)長五 現金な野郎だ...
三好十郎 「天狗外伝 斬られの仙太」
...妾はお腹の虫の現金なのに呆れてしまった...
夢野久作 「ココナットの実」
...アイツは現金なんか持ってやしないよ」「それはそうかも知れませんわねえ」女将は...
夢野久作 「超人鬚野博士」
...実に現金な、浅墓(あさはか)な話だとは思ったが、しかし悪い気持ちはしなかったよ...
夢野久作 「爆弾太平記」
...俗にいう“現金な性質”は...
吉川英治 「新書太閤記」
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