...渋川からは吾妻川(あがつまがわ)の流れに沿うて行くのである...
押川春浪補 「本州横断 痛快徒歩旅行」
...渋川のさきの「第一利根川橋梁」で越して敷島駅を過ぎると...
石川欣一 「山を思う」
...今日昼前に渋川がくるかも知れないと思うままに...
伊藤左千夫 「浜菊」
...少くともその出身地である『ホトトギス』に時々稿を寄せる位の事は差支ない事としていたらしかったが――これは私が渋川玄耳(しぶかわげんじ)君から聞いた事であった――漱石氏は他の雑誌に書くとそれだけ新聞に書くべき物を怠るようになるという理由から新聞以外には一切筆を取らないと定めたようであった...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...渋川(しぶかは)から沼田に行く間の利根川の峡谷はそれを小さく短くしたものである...
田山録弥 「あちこちの渓谷」
...○榛名山から烏の子でもおれと遊びに飛んで来な〇赤城山から兎の子でもおれと遊びにはねて来な○烏ア来ぬ来ぬ兎も来ないおれと遊ぶがいやなのか越後街道を渋川へ前橋市から、越後街道を利根の流れにそふて、渋川へ向ふ...
野口雨情 「大利根八十里を溯る」
...○上州渋川また来るまではおれが来たとは話すなよ長野街道の宿場越後街道は渋川で二つにわかれて一つは長野街道となる...
野口雨情 「大利根八十里を溯る」
...◇下へ下へと早瀬の水はなぜかいそいで流れてる草津温泉から渋川までおよそ十里間...
野口雨情 「大利根八十里を溯る」
...天文方見習御書物奉行兼帯渋川六蔵...
久生十蘭 「顎十郎捕物帳」
...浅井氏曰(いわ)く場所広くして遠近さだかならず子(し)もしこの画を画とせんとならば更に一週の日子(にっし)を費して再び渋川に往けと...
正岡子規 「墨汁一滴」
...何ぞ計(はか)らんその翌日君は再びカンヴアスを抱へて渋川に到り十分に画き直して一週間の後帰京せり...
正岡子規 「墨汁一滴」
...貞享の改暦をよくした渋川春海は...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...河内国(かはちのくに)渋川郡(しぶかはごほり)大蓮寺村(たいれんじむら)の伯父の家に往き...
森鴎外 「大塩平八郎」
...「それでは不足か」――小姓頭は四名、大町松左衛門、渋川助太夫、各務と私とでございますが、いずれも家禄(かろく)が低く、一年代りに江戸番を勤めますことは困難なため、二人増して頂いたうえ、二人ずつ三番に勤められるようにと願い出たしだいでございます...
山本周五郎 「樅ノ木は残った」
...お先方(さき)様のお名前は渋川様と御座いましたが……渋川ナニ吾様とか……」「エッ...
夢野久作 「狂歌師赤猪口兵衛」
...渋川筋から洞(ほら)ヶ嶺(みね)附近の地域なので...
吉川英治 「新書太閤記」
...渋川に正午に着いた...
若山牧水 「みなかみ紀行」
...そして漸く一個の川らしい姿になって更に渋川で吾妻川を合せ...
若山牧水 「みなかみ紀行」
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