...傘張法橋の豚犬児が...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...法橋のような僧綱(そうごう)を持していた...
高村光太郎 「本邦肖像彫刻技法の推移」
...順徳院の建保五年に高野山第三十七世執行検校法橋上人位に擢(ぬき)んでられたというから...
谷崎潤一郎 「覚海上人天狗になる事」
...椙生(すぐう)の皇覚法橋(ほっきょう)の弟であって...
中里介山 「法然行伝」
...法橋がまず無雑作(むぞうさ)に云いだすことには...
中里介山 「法然行伝」
...弁暁法印(べんぎょうほういん)もこの慶雅法橋のお弟子であるのに」と云われた...
中里介山 「法然行伝」
...人口に普(あまね)くなった上右の慶雅法橋が御室(鳥羽院第五の皇子覚性法親王(かくしょうほうしんのう))の御前で...
中里介山 「法然行伝」
...九月四日に観性法橋から進呈せられた御料紙(ごりょうし)をむかえらるる式がある...
中里介山 「法然行伝」
...当時の連歌の大宗匠法橋紹巴も時々公を訪れた...
中谷宇吉郎 「露伴先生と神仙道」
...」按ずるに初叙(しよじよ)の法眼は例が無いので、先づ法橋に叙し、同日に又法眼に叙せられたのであらう...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...皆「法橋何某」と銘打った結構な山車が数十本...
山本笑月 「明治世相百話」
...法橋(ほっきょう)以下の僧官やら一隊の侍やら...
吉川英治 「私本太平記」
...熊野山の別当法橋道有(ほっきょうどうゆう)が乙子(おとご)(末子)であったな」「はい」「日野殿のお家と其許(そこ)の別当家とは...
吉川英治 「私本太平記」
...別当定遍(じょうへん)どのの代表と称せられる法橋殿(ほっきょうどの)にお目にかかり...
吉川英治 「私本太平記」
...切目の法橋(ほっきょう)との会見では...
吉川英治 「私本太平記」
...とくに切目の法橋は...
吉川英治 「私本太平記」
...われらがお会いした切目ノ法橋(ほっきょう)どのは...
吉川英治 「私本太平記」
...紀州の切目ノ法橋(ほっきょう)との連絡をもちつづけ...
吉川英治 「私本太平記」
便利!手書き漢字入力検索
