...邑内の江陵屋んとこの雌馬にさ...
李孝石 「蕎麦の花の頃」
...元来十年一日のごとしと云うのは賞(ほ)める時の言葉なんだがな」「千里の江陵(こうりょう)一日に還るなんと云う句もあるじゃないか」「一百里程塁壁の間さ」「そりゃ西郷隆盛だ」「そうか...
夏目漱石 「虞美人草」
...陸杭時に江陵の都督たり...
南方熊楠 「十二支考」
...荊州(湖北省・江陵・揚子江流域)には一方の雄たる劉表(りゅうひょう)がなお健在である...
吉川英治 「三国志」
...江陵へ向って行ったが何分にも...
吉川英治 「三国志」
...一刻もはやく江陵へ行き着いて...
吉川英治 「三国志」
...江陵の城へお出会いあるべしと...
吉川英治 「三国志」
...また兵船は七千余艘もあり、金銀兵糧の大半は、江陵城に蓄え、そのほか各地の城にも、約一年余ずつの軍需は常備してあります」と、つつむ所もなかった...
吉川英治 「三国志」
...いま足下を得たことを衷心からよろこぶ」といって――江陵の太守樊城侯(はんじょうこう)に封じた...
吉川英治 「三国志」
...彼らがもし江陵の要害に籠り...
吉川英治 「三国志」
...「江陵の城はまだか」「まだまだ道は半ばにすぎません」襄陽を去ってから...
吉川英治 「三国志」
...――こんな状態でいったらいつ江陵へ着くだろうと...
吉川英治 「三国志」
...初め江陵(こうりょう)へさして落ちてきたのであるが...
吉川英治 「三国志」
...玄徳が江陵に入っては一大事である」と...
吉川英治 「三国志」
...ついに江陵(こうりょう)に入ることができなかった結果です...
吉川英治 「三国志」
...さらに、北岸の形勢をうかがうに、魏の曹操は、百万に近い大軍をもって、江陵、荊州地方から続々と行動を起し、水陸にかけて真黒な大軍団が、夜も昼も、南へ南へと移動しつつあります」と、あった...
吉川英治 「三国志」
...関羽は江陵より攻め来り...
吉川英治 「三国志」
...江陵城に趙雲子龍...
吉川英治 「三国志」
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