例文・使い方一覧でみる「永禄」の意味


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...永禄中井伊谷の菅沼治郎右衛門忠久...   永禄中井伊谷の菅沼治郎右衛門忠久の読み方
谷崎潤一郎 「聞書抄」

...時に永禄二年八月...   時に永禄二年八月の読み方
谷崎潤一郎 「武州公秘話」

...永禄(えいろく)あるいは文禄(ぶんろく)年間に琉球(りゅうきゅう)から伝わった蛇皮線(じゃびせん)を日本人の手で作りかえた...   永禄あるいは文禄年間に琉球から伝わった蛇皮線を日本人の手で作りかえたの読み方
寺田寅彦 「日本楽器の名称」

...永禄三年五月、美濃の国の国主、斎藤義竜(よしたつ)の乞によって飯篠門下の梅津某を一撃の下に倒した時などは、薪(まき)の一尺二三寸のものに手許へ革をまいただけの得物であった...   永禄三年五月、美濃の国の国主、斎藤義竜の乞によって飯篠門下の梅津某を一撃の下に倒した時などは、薪の一尺二三寸のものに手許へ革をまいただけの得物であったの読み方
直木三十五 「巌流島」

...天文永禄(てんぶんえいろく)あたりから知られている家柄だ...   天文永禄あたりから知られている家柄だの読み方
中里介山 「大菩薩峠」

...天文十二年に種子島に渡つたといふ鐵砲は、永禄の末にはまだ東國に少く、奧羽永慶軍記に、永禄十二年小田、眞壁兩家の合戰を叙して、「鐵砲は、まだ東國に稀にして、今日も以上八挺の外は來らず、爰に根來法師大藏房鐵砲の上手なりしが云々」とある...   天文十二年に種子島に渡つたといふ鐵砲は、永禄の末にはまだ東國に少く、奧羽永慶軍記に、永禄十二年小田、眞壁兩家の合戰を叙して、「鐵砲は、まだ東國に稀にして、今日も以上八挺の外は來らず、爰に根來法師大藏房鐵砲の上手なりしが云々」とあるの読み方
原勝郎 「日本史上の奧州」

...恐らくは永禄六七年の交の事であらう...   恐らくは永禄六七年の交の事であらうの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...永禄四年女婿秀次の事に坐して北国に謫(たく)せられ...   永禄四年女婿秀次の事に坐して北国に謫せられの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...永禄(えいろく)三年五月二十日今川殿陣亡(じんぼう)遊ばされ候(そろ)時...   永禄三年五月二十日今川殿陣亡遊ばされ候時の読み方
森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」

...父才八(さいはち)は永禄元年出生候(そろ)て...   父才八は永禄元年出生候ての読み方
森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」

...おととし永禄二年にも上洛した...   おととし永禄二年にも上洛したの読み方
吉川英治 「上杉謙信」

...永禄の元年、互いに、爾後(じご)は干戈(かんか)を交えまいと、神文(しんもん)を交わし、約定を取結んである御両家のあいだがらなるに」「その以前、割ヶ嶽の城は、当武田家の所領であった」「御理由にはなりません」「使者!」「はいっ」「そちは、酒をのむか、のまんか」「いただきます...   永禄の元年、互いに、爾後は干戈を交えまいと、神文を交わし、約定を取結んである御両家のあいだがらなるに」「その以前、割ヶ嶽の城は、当武田家の所領であった」「御理由にはなりません」「使者!」「はいっ」「そちは、酒をのむか、のまんか」「いただきますの読み方
吉川英治 「上杉謙信」

...わけていま、永禄四年ごろは、後の天正、慶長などの時代よりは、もっともっと人間が骨太(ほねぶと)だった...   わけていま、永禄四年ごろは、後の天正、慶長などの時代よりは、もっともっと人間が骨太だったの読み方
吉川英治 「上杉謙信」

...永禄十一年から元亀(げんき)元年にわたるあいだ...   永禄十一年から元亀元年にわたるあいだの読み方
吉川英治 「上杉謙信」

...川中島の合戦の永禄四年の翌年...   川中島の合戦の永禄四年の翌年の読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...三永禄(えいろく)四年の六月...   三永禄四年の六月の読み方
吉川英治 「日本名婦伝」

...塚原卜伝(ぼくでん)や上泉伊勢守の名が代表されていた永禄の頃には...   塚原卜伝や上泉伊勢守の名が代表されていた永禄の頃にはの読み方
吉川英治 「宮本武蔵」

...一五六九年五月六日(永禄十二年四月二十日)フロイスは...   一五六九年五月六日フロイスはの読み方
和辻哲郎 「鎖国」

「永禄」の読みかた

「永禄」の書き方・書き順

いろんなフォントで「永禄」


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後聯   建設作業   切子  

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