...永禄十年三月、十八歳の時、伯父津軽為則の養子となり、近衛前久の猶子となれり...
太宰治 「津軽」
...幾程なく永禄四年に義竜たちまち悪病を煩(わずら)ひ...
田中貢太郎 「赤い土の壺」
...永禄二年正月俄(には)かに浅沼(あさぬま)郡檜垣御坊(ひがきごばう)の宗徒共を御退治可有由仰出(あるべきよしおほせいだ)され...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...時に永禄二年八月...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...永禄(えいろく)あるいは文禄(ぶんろく)年間に琉球(りゅうきゅう)から伝わった蛇皮線(じゃびせん)を日本人の手で作りかえた...
寺田寅彦 「日本楽器の名称」
...永禄三年五月、美濃の国の国主、斎藤義竜(よしたつ)の乞によって飯篠門下の梅津某を一撃の下に倒した時などは、薪(まき)の一尺二三寸のものに手許へ革をまいただけの得物であった...
直木三十五 「巌流島」
...永禄のほんのはじめごろまでのことで...
久生十蘭 「うすゆき抄」
...永禄(えいろく)三年五月二十日今川殿陣亡(じんぼう)遊ばされ候(そろ)時...
森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
...「すぐる永禄(えいろく)九年(一五六六)におみかた申してより...
山本周五郎 「死處」
...明けて永禄四年の新春を...
吉川英治 「上杉謙信」
...永禄の元年、互いに、爾後(じご)は干戈(かんか)を交えまいと、神文(しんもん)を交わし、約定を取結んである御両家のあいだがらなるに」「その以前、割ヶ嶽の城は、当武田家の所領であった」「御理由にはなりません」「使者!」「はいっ」「そちは、酒をのむか、のまんか」「いただきます...
吉川英治 「上杉謙信」
...永禄元年の和睦――甲越の一時的な和議のできた年に――とうとうこの鍾愛(しょうあい)して措かない大事な家来を三河の徳川蔵人元康(くらんどもとやす)へ遣ってしまった...
吉川英治 「上杉謙信」
...永禄二年...
吉川英治 「剣の四君子」
...永禄(えいろく)八年の新春...
吉川英治 「新書太閤記」
...永禄(えいろく)九年十月九日...
吉川英治 「新書太閤記」
...永禄(えいろく)以来日本に来ている宣教師(せんきょうし)オルガンチノを伴(つ)れてふたたび信長の陣所天野山へ帰った...
吉川英治 「新書太閤記」
...卜伝、伊勢守などの名が、兵法家として、また、その道流を興して世上に認められていた弘治、永禄、元亀年間に亘る時代には、一方に松本備前守とか、富田勢源(とだせいげん)とか、北畠中納言具教(とものり)とかいう上手も輩出していた...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
...この五月十二日(永禄十二年四月二十五日)に...
和辻哲郎 「鎖国」
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