...釈迦の教えにも正像末(しょうぞうまつ)の格別があるようなものである...
中里介山 「法然行伝」
...末法思想は言うまでもなく仏教の歴史観である正像末三時の思想に属している...
三木清 「親鸞」
...正像末三時の思想は...
三木清 「親鸞」
...正像末の三時はまさに教と行と証とに関して区分されているのである...
三木清 「親鸞」
...かくのごとく正像末の思想は教行証の三法を根拠として時代の推移を考える歴史観であることが知られる...
三木清 「親鸞」
...ところで正像末史観の有する意義は...
三木清 「親鸞」
...正像末史観は親鸞において歴史の単に客観的に見られた時代区分として把握されたのではなく...
三木清 「親鸞」
...現在が末法の時であるという意識は親鸞にとって正像末三時の教説によって...
三木清 「親鸞」
...正像末史観の重心は末法にある...
三木清 「親鸞」
...親鸞の『正像末法和讃』を見るに...
三木清 「親鸞」
...しかも彼のこの体験を最もよく説明してくれるものは正像末の歴史観である...
三木清 「親鸞」
...正像末の歴史観は親鸞にとって客観的な歴史叙述の基礎として取り上げられたのではない...
三木清 「親鸞」
...次に親鸞にとって正像末の教説は...
三木清 「親鸞」
...しかるにこの根拠は正像末の歴史観にほかならない...
三木清 「親鸞」
...像末五濁の世となりて釈迦の遺教かくれしむ弥陀の悲願ひろまりて念仏往生さかりなり『正像末和讃』の首(はじ)めには次の讃歌が掲げられてある...
三木清 「親鸞」
...夢にこの和讃を感得したことが『正像末和讃』一帖の製作の縁由となったのである...
三木清 「親鸞」
...正像末史観は、仏滅後、時を経るにつれて時代が悪化してゆくことを述べたもので、上古に理想的状態をおき、降るにしたがって堕落してゆくと考えるものであり、形式的に見れば、これは仏教以外にもよくある思想で珍しいものではない...
三木清 「親鸞」
...真諦俗諦の語がかくのごとく『教行信証』化巻において時代を勘決して正像末法の旨際を開示するにあたって...
三木清 「親鸞」
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