...今や彼等が倒懸の苦楚に堪ふる能はず...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...楚々(そそ)とした感じは一点の難もないまでによく調和したものになっている...
上村松園 「中支遊記」
...梁は楚の襄王(じょうおう)のような貴人であろうとおもったが...
田中貢太郎 「西湖主」
...そこは洞庭のうちになった楚江の富池鎮(ふうちちん)であった...
田中貢太郎 「竹青」
...上空から次第に拭ひ去られた雲は僅かに比叡と比良の頂に白紗を纏ふたごとく殘つてゐたが、正午ごろになつて太陽の光が一層強くなつてくると、やがて比叡の頭にも雲は消えてなくなり、船の北進するにつれて山の影は次第に淡く南に殘り、清楚な夏の姿は、さながら薄化粧を施したやうに緑の上を白く霞に包まれてゐる...
近松秋江 「湖光島影」
...孔子の楚に用いられることを惧(おそ)れこれを妨げようとしたのである...
中島敦 「弟子」
...木造の格子などの清楚なる工合は...
濱田耕作 「埃及雜記」
...最も早く文献に見えたのは宗懍の荊楚歳時記以外には隋書の藝文志に載せてある古今藝術圖を以て始めとするらしい...
原勝郎 「鞦韆考」
...蓮歩楚々として進み寄ってきた年のころ卅二三の専太郎好みの乙な美人...
久生十蘭 「魔都」
...「楚王台上夜琴声(そわうだいじやうのよるのきんせい)」と薫が歌い出したのを...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...但朱子楚辞辨証云...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...清楚(せいそ)なすがたを...
吉川英治 「上杉謙信」
...楚々(そそ)と通る人があった...
吉川英治 「三国志」
...楚(そ)国の文王に献じ...
吉川英治 「三国志」
...秦楚(しんそ)を亡ぼし...
吉川英治 「三国志」
...楚々と立ち去りかけた...
吉川英治 「三国志」
...泉石(せんせき)の清楚...
吉川英治 「新書太閤記」
...やがて、土肥家の側が、ずらりと、坐り終わったところで、花嫁は、つのかくしを、俯向(うつむ)けて、庄次郎のそばへ、楚々(そそ)と、手を曳かれてきた...
吉川英治 「松のや露八」
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