...その南に、梅川、鶴巣野の勝地あれど、遠くして見えず...
大町桂月 「常磐の山水」
...老婆梅川(うめがは)7・8(夕)むかし雄略天皇は狩の途(みち)すがら三輪(わ)川に洗濯(せんだく)をしてゐる田舎娘を御覧になつて...
薄田泣菫 「茶話」
...この頃(ごろ)近江(あふみ)の矢橋(やばせ)で遊女梅川の墓が発見(めつけ)られた...
薄田泣菫 「茶話」
...梅川も終(しま)ひには忠兵衛の名なぞは...
薄田泣菫 「茶話」
...上野、梅川亭...
高浜虚子 「五百五十句」
...さぞにくかろうお腹(はら)もたとう…………思(おも)ひせまつて梅川(うめかは)は...
竹久夢二 「桜さく島」
...やはり小春や梅川のいぢらしさが...
竹久夢二 「砂がき」
...昔の人は小春も梅川(うめがわ)も三勝(さんかつ)もおしゅんも皆同じ顔に考えていたかも知れない...
谷崎潤一郎 「蓼喰う虫」
...梅川屋といふのに泊る...
種田山頭火 「旅日記」
...梅川忠兵衛の『金』などは...
田山録弥 「西鶴小論」
...かたの悪い梅川様…………」がそれである...
中井正一 「うつす」
...「二十日余りに四十両、使い果して二分残る――なんて、浄瑠璃(じょうるり)の文句にはいいけれど、梅川も、忠兵衛も、経済というものを知らない、使いつくしてはじめてお宝の有難味を知るなんて、子供にも劣るわねえ、わたしに使わしてごらんなさい――一生使ってみせるから」福松は、その都度、こう言って、三百両の金包を撫(な)でて自分の気を引立てたり、兵馬を心強がらせたりしようとする...
中里介山 「大菩薩峠」
...大阪には近松の浄瑠璃(じょうるり)の主人公、梅川忠兵衛や、小春治兵衛やらの碑が建っていると聴いた...
野村胡堂 「随筆銭形平次」
...例(れい)の澤木(さわぎ)さまが落人(おちうど)の梅川(うめがは)を遊(あそば)して...
樋口一葉 「われから」
...「忠兵衛(ちゅうべえ)は上方者(かみがたもの)で二分残し」とよまれた亀屋の亭主をしくじらせた北の新地槌屋の抱え梅川(うめがわ)じゃ...
南方熊楠 「十二支考」
...――これを具体的にいふなら、私は東京育ち同様ながら、彼の若い時代から細く長く見て来てゐる印象を要約すると、彼は鴈治郎の精力絶倫のため、鴈の相手役の小春、梅川、夕霧、吃又のおとく、「こたつ」のおさんに至る迄、鴈との共演物は大部中の出来だ...
三宅周太郎 「中村梅玉論」
...金杉の「梅川」というのがゆきつけの舟宿であった...
山本周五郎 「追いついた夢」
...……次に梅川から持って来た包をひらいた...
山本周五郎 「追いついた夢」
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