...身を水底に滾(まろが)してこれを攘(はら)ひたり...
ハンス・クリスチアン・アンデルセン Hans Christian Andersen 森鴎外訳 「即興詩人」
...止(や)むを得ずして攘夷論を装(よそお)いたるものならん...
石河幹明 「瘠我慢の説」
...かきくらすあめりか人に天日(あまつひ)のかゞやく邦の手ぶり見せばや神風のいせの海辺に夷らをあら濤たゝし打沈めばや東湖のこのはげしい攘夷の叫び声にも負けない気概を...
上村松園 「作画について」
...尊王攘夷の大精神は...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...而(しこう)してこれと同時に、その反対者たる尾張、水戸、越前に蟄居(ちっきょ)を申付け、一橋慶喜の登城を差留め、いわゆる攘夷党、水戸派、もしくは一橋を儲君(ちょくん)とするの派、その他自家の反対党と目指すものはその諸侯と幕臣たるとを問わず、尽(ことごと)くこれを黜罰(ちゅつばつ)したり...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...これから生きのびて尊王攘夷をやるという柄でもなし...
中里介山 「大菩薩峠」
...この尊王攘夷(そんのうじょうい)の真只中へ乗込もうて代物(しろもの)でげすから...
中里介山 「大菩薩峠」
...その折に、天皇は、したしく筆をとつて一書を、将軍にあたえたが、それによると、「攘夷は、天皇の意思ではなかつたのであり、三条実美(さんじょうさねとみ)らの公卿が、長州藩の人びとと共謀し、天皇の命といつわり、攘夷の命を世上に発したのである...
蜷川新 「天皇」
...公武一和して尊攘にまい進すれば...
服部之総 「新撰組」
...中央――京都における合体尊攘方策の即時実現をまだ夢みていた...
服部之総 「新撰組」
...輝ける新撰組隊長として切り結んだ敵手と同じく――否それ以上にいつまでも――腹からの「尊攘」論者だったといっても...
服部之総 「新撰組」
...討幕的尊攘策の根源地をなした...
服部之総 「尊攘戦略史」
...そのとき五月十日攘夷期限の詔勅...
服部之総 「尊攘戦略史」
...……思うに、攘夷派の連中が、ことさらあんな奇抜な方法で佐原屋を殺したのは、つまり、一種の示威なので、かくべつ恐れるに足らないことだと思います...
久生十蘭 「顎十郎捕物帳」
...悪魔を追い攘(はら)おうとしたがついに効を奏せず...
柳田国男 「山の人生」
...斉昭が自分の叔父に当るひとであろうと「攘夷」という大問題と...
山本周五郎 「新潮記」
...尊攘党がどうのと...
吉川英治 「脚」
...龍攘虎搏(りゅうじょうこはく)ともいうべき予期(よき)していた火のでるような試合(しあい)がなかったので...
吉川英治 「神州天馬侠」
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