...承元二年戊辰...
太宰治 「右大臣実朝」
...廿日、戊辰、将軍家貞観政要の談議、今日其篇を終へらる、去る七月四日之を始めらる...
太宰治 「右大臣実朝」
...十七日、戊午、陰、和田平太胤長、陸奥国岩瀬郡に配流せらると云々...
太宰治 「右大臣実朝」
...七日、戊寅、幕府に於て、女房等を聚めて御酒宴有り、時に山内左衛門尉、筑後四郎兵衛尉等、屏の中門の砌に徘徊す、将軍家簾中より御覧じ、両人を御前の縁に召して、盃酒を給はるの間、仰せられて曰く、二人共に命を殞すこと近きに在るか、一人は御敵たる可し、一人は御所に候す可き者なりと云ふ、各怖畏の気有りて、盃を懐中して早出すと云々...
太宰治 「右大臣実朝」
...廿七日、戊寅、霽、宮内兵衛尉公氏、将軍家の御使として、和田左衛門尉の宅に向ふ、是義盛用意の事有るの由聞食すに依りて、其実否を尋ね仰せらるるの故なり、晩景、また刑部丞忠季を以て御使と為し、義盛の許に遣はさる、世を度り奉る可きの由、其聞有り、殊に驚き思食す所なり、先づ蜂起を止め、退いて恩裁を待ち奉る可きなりと云々...
太宰治 「右大臣実朝」
...廿二日、戊午、将軍家火取沢辺に逍遥せしめ給ふ、是草花秋興を覧るに依りてなり、武蔵守、修理亮、出雲守、三浦左衛門尉、結城左衛門尉、内藤右馬允等供奉せしむ、皆歌道に携はるの輩なり...
太宰治 「右大臣実朝」
...戊辰の歳の革命戰爭で敗けたものは降服した結果となつたから...
内藤湖南 「維新史の資料に就て」
...戊辰(ぼしん)の義戦も...
蜷川新 「天皇」
...故に戊辰の役には西方と東方との対抗と見られるような現象も見られた...
三上義夫 「文化史上より見たる日本の数学」
...春の詩の中には戊辰の干支を記したものがある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...「翌年(戊午翌年)夏...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...事は文政戊寅の詩引及己卯の詩註に見えてゐる...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...然らばわたくしが戊子とするのは何に拠るか...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...戊子には三十歳であつた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...文政元年戊寅 六月二日成余六十七歳にして歿す...
森鴎外 「大塩平八郎」
...寿蔵碑には「安政五年戊午(ぼご)十二月五日...
森鴎外 「渋江抽斎」
...嘉永元年戊申(ぼしん)八月二十九日と書し...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...戊辰(ぼしん)の年には尚(なほ)高田幸橋町(みゆきばしちやう)に居つた...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
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