...)この寺は――慈眼寺(じげんじ)といふ日蓮(にちれん)宗の寺は震災よりも何年か前に染井(そめゐ)の墓地(ぼち)のあたりに移転してゐる...
芥川龍之介 「本所両国」
...)この寺は――慈眼寺という日蓮宗の寺は...
芥川龍之介 「本所両国」
...史蹟齋藤鶴磯の墓司馬江漢の墓 慈眼寺芥川龍之助の墓昭和二十七年四月 建之豐島區役所芥川の墓のある慈眼寺の入口にかういふ札が建つてゐる...
小穴隆一 「二つの繪」
...いずれも「慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)」の仏心の顕現(あらわれ)であります...
高神覚昇 「般若心経講義」
...慈眼の波ただよい...
太宰治 「もの思う葦」
...慈眼院恵光大姉――其処に現われた有無の皮肉に...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...源空という生涯を通じてのよび名を十八歳の時叡山の西塔黒谷の慈眼房叡空の庵に於てつけられたのである...
中里介山 「法然行伝」
...それから慈眼房は独り考えること数尅(すこく)の後法然の部屋に来て申訳をする旨には...
中里介山 「法然行伝」
...「往生の業には称名に過ぎた行いはありませぬ」といわれたのを師の慈眼房(じげんぼう)が...
中里介山 「法然行伝」
...「慈眼房はわしにとっては受戒の師範である上に衣食住のこと皆悉(ことごと)くこの聖(ひじり)に扶持をして貰った...
中里介山 「法然行伝」
...慈眼(じげん)を垂れて二人を見護って居るのでした...
野村胡堂 「新奇談クラブ」
...庚申塚(かうしんづか)から少し手前、黒木長者の嚴(いか)めしい土塀の外に、五六本の雜木が繁つて、その中に、一基の地藏尊、鼻も耳も缺け乍ら、慈眼を垂れた、まことに目出度き相好(さうがう)の佛樣が祀られて居りました...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...「埃(ほこり)が付いてないネ、八」「ヘエ――」蓋を払って見ると、中に納めてあるのは、一尺二三寸の立像が一つ、恐ろしく煤(すす)に塗(まみ)れておりますが、慈眼を垂れて、確(しか)と嬰子(えいじ)を抱いた様子は、見馴れた仏様の姿態ではありません...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...慈眼(じがん)を垂れた菩薩の顔は...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...この中の慈眼院は深川から移つて来たもの...
正岡容 「巣鴨菊」
...墨で――慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)例年正月大施粥(おおせがゆ)同苦坊(どうくぼう)と...
吉川英治 「大岡越前」
...こういうときの領民は国主の慈眼を読みとることに甚だ賢(さと)い...
吉川英治 「新書太閤記」
...地へ垂るる慈眼と――仰ぐ無数の信頼の眼と――この場合...
吉川英治 「新書太閤記」
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