...即ち奈良朝に於て種芸、種智、悲田、施療の諸院を開きたる例に則り、諸種の新しき施設を先づわが京都府より試みんとし、府の大参事植村正直氏を初め、友人金閣寺住職伊藤貫宗、銀閣寺住職佐佐間雲巖諸氏に議りて、その協賛を得つ...
與謝野禮嚴 「禮嚴法師歌集」
...悲田院(ひでんいん)など...
吉川英治 「私本太平記」
...悲田院では職のないものに職を与えなどして...
吉川英治 「私本太平記」
...――あわてて彼もその本陣を三条北の河原から悲田院址(ひでんいんあと)へかけて押しすすめていた...
吉川英治 「私本太平記」
...洛外の施薬院(せやくいん)と悲田院(ひでんいん)に...
吉川英治 「平の将門」
...光明皇后が浴舎を建てて千人の垢(あか)を去りたもうた悲田院施薬院(せやくいん)の址(あと)などもあるが...
吉川英治 「宮本武蔵」
...単己(たんこ)頼るなきものを寄宿せしめ日々眷顧(けんこ)して飢を救うを業とした悲田院などが付属する...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
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