...鬼は忽ち風に乗つて...
芥川龍之介 「杜子春」
...畷道を桂川の上流に辿ると、迫る處怪石巨巖の磊々たるはもとより古木大樹千年古き、楠槐の幹も根も其のまゝ大巖に化したやうなのが々と立聳えて、忽ち石門砦高く、無齋式、不精進の、わけては、病身たりとも、がたくり、ふら/\と道わるを自動車にふんぞつて來た奴等を、目さへ切塞いだかと驚かれる、が、慈救の橋は、易々と欄干づきで、靜に平かな境内へ、通行を許さる...
泉鏡花 「遺稿」
...忽ち歴々たる光明の網變じて...
上田敏 上田敏訳 「牧羊神」
...忽(たちま)ちの間(うち)に評判(ひやうばん)大評判(おほひやうばん)『お穴樣(あなさま)』と呼(よ)び『岩窟神社(がんくつじんじや)』と唱(とな)へ...
江見水蔭 「探檢實記 地中の秘密」
...将軍家はその折すこしく御酒気だつたのでございますが、宗政さまがお首をひつさげて御参着の事をちらと小耳にはさんで御眉をひそめられ、殺せとは誰の言ひつけ、畠山重忠は、このたびの和田左衛門尉とひとしく、もともと罪なくして誅せられたる幕府の忠臣、その末子がいささか恨みを含んで陰謀をたくらんだとて、何事か有らんや、よつて先づ其身を生虜らしめ、重慶より親しく事情を聴取いたし、しかるのちに沙汰あるべきを、いきなり殺して首をひつさげて帰るとは、なんたる粗忽者、神仏も怒り給はん、出仕をさしとめるやう、と案外の御気色で仲兼さまに仰せつけに相成り、仲兼さまはそのお叱りのお言葉をそのまま宗政さまにお伝へ申しましたところが、宗政さまは、きりりと眦を決し、おそれながら、たはけたお言葉、かの法師を生虜り召連れまゐるは最も易き事なりしかど、すでに叛逆の証拠歴然、もしこの者を生虜つて鎌倉に連れ帰らば、もろもろの女房、比丘尼なんど高尚の憂ひ顔にて御宥免を願ひ出づるは必定、将軍家に於いても、ただちにれいの御慈悲とやらのお心を用ゐてかかる女性の出しやばりの歎願を御聴許なさるは、もはや疑ひも無きところ、かくては謀逆もさしたる重き犯罪にあらず、ひいては幕府の前途も危ふからんかと推量仕つて、かくの如くその場を去らしめず天誅を加へてまゐりましたのに、お叱りとは、なあんだ、こんなふうでは今後、身命を捨て忠節を尽す者が幕府にひとりもゐなくなります、ばかばかしいにも程がある、そもそも当将軍家は、故右大将家の質素を旨とし武備を重んじ、勇士を愛し給ひし御気風には似もやらず、やれお花見、やれお月見、女房どもにとりまかれ、あさはかのお世辞に酔ひしれて和歌が大の御自慢とはまた笑止の沙汰、没収の地は勲功の族に当てられず、多く以て美人に賜はる、たとへば、榛谷四郎重朝の遺跡を五条の局にたまはり、中山四郎重政の跡を以て、下総の局にたまはるとは、恥づかし、恥づかし、いまにみるみる武芸は廃れ、異形の風流武者のみ氾濫し、真の勇士は全く影をひそめる事必至なり、御気色を蒙り、出仕をさしとめられて、かへつて心がせいせい致しました、と日頃の鬱憤をここぞと口汚く吐きちらし、肩をゆすつて御退出なさいましたさうで、お部屋が離れてゐるとはいへ、たいへんな蛮声でございましたから、将軍家のお耳元にも響かぬ筈はなく、お傍の私たちはひとしく座にゐたたまらぬ思ひではらはら致して居りましたが、さすがに将軍家の御度量は非凡でございました...
太宰治 「右大臣実朝」
...忽(たちま)ち引返して己(じぶん)の寝室へ入り...
田中貢太郎 「雨夜草紙」
...忽(たちま)ち彼らの眼が光ります...
谷譲次 「踊る地平線」
...忽ちトロ/\となって終に終日晝寝をする...
谷崎潤一郎 「The Affair of Two Watches」
...忽(たちま)ち進んで...
永井荷風 「つゆのあとさき」
...忽(たちまち)見る詰襟白服の一紳士ステッキをズボンのかくしに鉤(つる)して濶歩す...
永井荷風 「偏奇館漫録」
...忽(たちまち)江戸趣味の鼓吹者と目せられ...
永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
...前夜迄の忠実無比な下僕や隣人が忽ちに兇漢と変じて...
中島敦 「南島譚」
...白糸練れば忽ちに...
長塚節 「長塚節歌集 中」
...朝から虫の居どころがわるかった旦那は忽ち爺さんを呼びつけた...
中村地平 「南方郵信」
...忽然(こつぜん)安井の事を考え出した...
夏目漱石 「門」
...戸外の公務なるものに逢えば忽(たちま)ちその鋒(ほこさき)を挫(くじ)き...
福沢諭吉 「教育の事」
...忽ち私は五六間も追ひ抜かれて了つた...
牧野信一 「鞭撻」
...軽忽(けいこつ)を戒め合って...
吉川英治 「三国志」
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