...どういう心の傾きなのか...
久生十蘭 「鈴木主水」
...さういふ矮叢のなかに見出される、古い日本のいじらしい美しさに心を惹かれては、そのあとに來る「おのれのゆゑ知らぬ氣おくれを叱りて、一擧に薙ぎ仆して火をかけぬ」といふ句にはつとさせられます 私のうちにある、ただいたづらに古い小さなものをなつかしまうとする、心の傾きへの、先生のお叱りのやうにさへ思はれます御本のこと、いろいろ勝手なことを書いてしまひまして、御赦し下さい 私はこの冬になつてから、かへつて元氣になつて來ましたが、まだ自分に甘えて、何んにも書いて居りません 早くいいものを書きたいと思つてゐます しかし昔のやうに自分の氣もちだけを一すぢに歌へなくなりましたやうです これからは、何か、もつと「自己のうちにある自己を超えた自己」のやうなものを歌はなければならぬ、と考へて居ります「古代感愛集」にある宗教的に莊嚴なものにこのやうに心を向けたがるのも、一つは、現在の自分の心のうちのさういふ相剋のためかも分りませんもう一方では、先生や柳田さんの民俗學研究の根本精神のやうなものを、自分の書くものの上にも生かして行きたいものだと考へて居ります一つの「物語」が單なる一つの「物語」であるだけでなく、それが「人間性」についても、それと同時に「國民性」についても、深く教へるところのものであらせたいと思ひます さういふ古い口碑などの蘇生のしかたなどで、この頃はイェエツやシングなどのアイルランド文學をことに珍重いたし、少しづつ勉強し出してをりますいろいろ先生の御教示を得たいことが一ぱいあるのでございますが、なかなかお目にかかれさうもないので、殘念でなりませんどうぞ御壯健でいらしつて下さいませ一月二十二日堀 辰雄折口信夫樣...
堀辰雄 「「古代感愛集」讀後」
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