...大学名として使用される場合、「淑徳大学」という名称がある...
...仁徳大社は岡山県にある神社である...
...侍従長徳大寺実則は特に彼等に伝達していった...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...フロックコオトの御姿で侍従長徳大寺(とくだいじ)公をお伴(つ)れになってお出ましで御座いました...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...岡倉美術学校校長は徳大寺侍従長のお取り次ぎで御説明を申し上げておりました...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...徳大寺殿の家来の滋賀右馬大允というのがある...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...「中にも徳大寺の左大将実定の卿は...
中里介山 「大菩薩峠」
...そこで答えました、「このお婆さんをお送り申しながら、ちょっと竜王まで用足しに参りました」「そうですか、どうもいつも餓鬼共がお世話にばっかりなりまして」「どういたしまして」「それにまた、この節はお湯が開けて、与八さんもいよいよ忙しいでしょうね、功徳(くどく)になっていいことですよ、人助けになりますよ」「はいはい」「大旦那様は旅においでになったそうですねえ」「ええ」「いつごろ、お帰りになりやすか」「近いうちにお帰りになるでしょうが、たまのお出先のことだから、また、何か別な御用向が起るかも知れましねえ」「与八さんが来てから、あのお屋敷へ光がさしたと、みんなが言ってますよ」「どういたしまして」こんな挨拶を交している間に、徳大寺様はじめ、お婆さん、お侍、みんなお墓に対して回向礼拝を終り、さてこれから、お婆さんは徳大寺様と一緒に、甲府へ行くということになりました...
中里介山 「大菩薩峠」
...九十六かくて、徳大寺様、おつきの侍と、お婆さんとは、ここを立って甲府の方へ向けて、田圃道の間を歩み去りました...
中里介山 「大菩薩峠」
...徳大寺様ときた日には...
中里介山 「大菩薩峠」
...ことに徳大寺様といったような...
中里介山 「大菩薩峠」
...徳大寺の左大臣(実能)の孫であったが...
中里介山 「法然行伝」
...想(おも)えば植物の徳大なるかなであると言うべきである...
牧野富太郎 「植物知識」
...京へのぼるなら徳大寺家へたよりをつけてとらせる」「実はそれをお願い申したかったのでございます」徳大寺大納言家は高松と姻親のかかわりにあり...
山本周五郎 「新潮記」
...菊亭晴季(きくていはるすえ)を始め、徳大寺、飛鳥井(あすかい)、鷹司(たかつかさ)の諸卿...
吉川英治 「新書太閤記」
...徳大寺や花山院の諸卿をとび超えて...
吉川英治 「親鸞」
...ここの社殿にいた内侍(ないし)たち(他社でいう神子(みこ)の乙女のこと)だの徳大寺実定の口ウラにさえ...
吉川英治 「随筆 新平家」
...徳大寺(とくだいじ)家の密使をはじめ...
吉川英治 「鳴門秘帖」
...徳大寺実久(さねひさ)だの...
吉川英治 「宮本武蔵」
...わたくしはあの地震に千駄ヶ谷の徳大寺山の下で会ったが...
和辻哲郎 「夢」
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