...即ち是れ徳性を尊ぶなり...
佐藤一齋・秋月種樹(古香) 山田濟齋訳 「南洲手抄言志録」
...本のときにそのまま橋本(政徳)君まかせで訂正しておかなかつた...
小穴隆一 「二つの繪」
...白坂徳右衛門(とくえもん)とて代々酒屋を営み太宰府一の長者...
太宰治 「新釈諸国噺」
...制札を無視するのが没公徳的で悪いのであった...
寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
...文化統制は一切の文化内容を道徳の名に於て弾圧し道徳の名の下に強要指導する...
戸坂潤 「世界の一環としての日本」
...それは大師の入唐は徳宗の貞元の末頃から...
内藤湖南 「平安朝時代の漢文學」
...徳義の立て方であったのです...
夏目漱石 「文芸と道徳」
...藝子は徳利を換(か)へた樣子はありませんか」「氣がつかなかつた...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...大黒屋徳右衞門グウ――と來た」「危ないな」「尤も千兩箱の下敷で...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...あらゆる道徳的懐疑からの...
トオマス・マン Thomas Mann 実吉捷郎訳 「ヴェニスに死す」
...徳(めぐむ)さんの云ふには...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...武徳会の範士という...
夢野久作 「近世快人伝」
...法律も道徳も、人情も……血も涙も知らぬ...
夢野久作 「暗黒公使」
...紀霊と玄徳とは、ここで、客同士だが、戦場では当面の敵と敵である...
吉川英治 「三国志」
...まるで婦人のように悲嘆してのみいる玄徳を仰いで叱るが如く諫(いさ)めた...
吉川英治 「三国志」
...……もし秀吉が、その方たち一族の乞いを退(しりぞ)けたら、真田どのは、どうする気かの」「さもあれば、父の心はわかりませんが、私としては、いかなる屈辱(くつじょく)にも忍んで、即座に、浜松どの(徳川)の御意に従い、他日の力を養いおいて、やがて徳川軍が、大挙、大坂表へ攻め上る日には、その先鋒(せんぽう)を承(うけたまわ)って、いささかの功を挙げ、もって、今日の御好意に対するお礼といたしとう存じます」「はははは」秀吉も笑うほかなく笑って――「浜松どのとこの秀吉とは、つい先頃、和睦いたして、今ではこよない程のよい仲じゃ...
吉川英治 「新書太閤記」
...阿波(あわ)徳島(とくしま)の蜂須賀(はちすか)...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...ここで徳川家が終局を収(おさ)めてくれたほうがよいと祈るようにもなっていた...
吉川英治 「宮本武蔵」
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