...紺青(こんじょう)に発火している空、太陽に酔った建物と植物、さわるとやけどする鉄の街燈柱、まっ黒に這(は)っているそれらの影、張り出し前門(ファサード)の下を行くアフガン人の色絹行商人、交通巡査の大日傘(ひがさ)、労役牛の汗、ほこりで白い撒水(さっすい)自動車の鼻、日射病の芝生(しばふ)、帽子のうしろに日覆布(おおい)を垂らしたシンガリイス連隊の行進、女持ちのパラソルをさして舗道に腰かけている街上金貸業者、人力車人(リキシャ・マン)の結髪(シイニョン)、ナウチ族の踊り子の一隊、黄絹のももひきに包まれた彼女らの脚、二つの鼻孔をつないでいる金属の輪、螺環(コイル)の髪、貝殻(かいがら)の耳飾り、閃光(せんこう)する秋波(ながしめ)、頭上に買い物を載せてくる女たち、英吉利旦那(イギリスマスター)のすばらしい自用車、あんぺらを着た乞食(こじき)ども、外国人に舌を出す土人の子、路傍に円座して芭蕉(ばしょう)の葉に盛ったさいごん米と乾(ドライ)カレーを手づかみで食べている舗装工夫の一団、胸いっぱいに勲章を飾って首に何匹もの蛇(へび)を巻きつけた蛇使いの男、籠(かご)から蛇を出して瀬戸物らっぱで踊らせる馬来(マライ)人、蛇魅師(スネーク・チャーマー)の一行、手に手に土人団扇(うちわ)をかざした紐育(ニューヨーク)の見物客、微風にうなずくたびに匂う肉桂(にっけい)園、ゆらゆらと陽炎(かげろう)している聖(セント)ジョセフ大学の尖塔(せんとう)、キャフェ・バンダラウェラの白と青のだんだら日よけ、料理場を通して象眼(ぞうがん)のように見える裏の奴隷湖、これらを奇異に吸収しながら、そのキャフェまえの歩道の一卓で生薑(しょうが)水と蠅(はえ)の卵を流しこんでいる日本人の旅行者夫妻、それから、すこし離れて、横眼で日本人を観察しているヤトラカン・サミ博士と、博士の椅子(いす)...
牧逸馬 「ヤトラカン・サミ博士の椅子」
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