例文・使い方一覧でみる「弘治」の意味


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...義竜は弘治(こうじ)二年の春...   義竜は弘治二年の春の読み方
田中貢太郎 「赤い土の壺」

...弘治元年八月には会津に...   弘治元年八月には会津にの読み方
田中貢太郎 「日本天変地異記」

...明くれば弘治二年丙辰(へいしん)の正月となったが...   明くれば弘治二年丙辰の正月となったがの読み方
谷崎潤一郎 「武州公秘話」

...弘治三年の秋に及んで漸く河内介は父の館へ帰ることを許された...   弘治三年の秋に及んで漸く河内介は父の館へ帰ることを許されたの読み方
谷崎潤一郎 「武州公秘話」

...去(い)んぬる弘治(こうじ)三年の秋薬師寺家の家老馬場和泉守石山本願寺の勢を頼みて主家を横領しければ...   去んぬる弘治三年の秋薬師寺家の家老馬場和泉守石山本願寺の勢を頼みて主家を横領しければの読み方
谷崎潤一郎 「武州公秘話」

...弘治十四年(文龜元年...   弘治十四年(文龜元年の読み方
濱田耕作 「沖繩の旅」

...又「弘治十三年九月」云々の字があつたとも言ふから...   又「弘治十三年九月」云々の字があつたとも言ふからの読み方
濱田耕作 「沖繩の旅」

...弘治(こうじ)二年に戦没した先祖の墓は幾百年の星霜(せいそう)を経(へ)て...   弘治二年に戦没した先祖の墓は幾百年の星霜を経ての読み方
水野葉舟 「取り交ぜて」

...後奈良帝の弘治頃成りし桂川地藏記に...   後奈良帝の弘治頃成りし桂川地藏記にの読み方
南方熊楠 「女順禮」

...天文、弘治以来、連年といってよいほどな両国間のたたかいに、親を討たれ、子を亡(な)くし、或いは兄弟を失っているなど、箇々の宿怨は小さくもあれ、国是(こくぜ)として、(武田の阻害あるうちは、この国の成長なり難く、この国の生命もなし)という謙信の信条が、全家中の骨髄(こつずい)に刻(きざ)みこまれていた...   天文、弘治以来、連年といってよいほどな両国間のたたかいに、親を討たれ、子を亡くし、或いは兄弟を失っているなど、箇々の宿怨は小さくもあれ、国是として、という謙信の信条が、全家中の骨髄に刻みこまれていたの読み方
吉川英治 「上杉謙信」

...茨(いばら)を拓(ひら)いて弘治(こうじ)元年...   茨を拓いて弘治元年の読み方
吉川英治 「新書太閤記」

...ことし弘治二年の四月...   ことし弘治二年の四月の読み方
吉川英治 「新書太閤記」

...弘治(こうじ)の美濃(みの)の内乱に...   弘治の美濃の内乱にの読み方
吉川英治 「新書太閤記」

...弘治元年の九月...   弘治元年の九月の読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

...その道流を興して世上に認められていた弘治...   その道流を興して世上に認められていた弘治の読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...彼の漂泊は二十八歳の弘治元年から始まっている...   彼の漂泊は二十八歳の弘治元年から始まっているの読み方
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」

...――その年は弘治(こうじ)二年で...   ――その年は弘治二年での読み方
吉川英治 「茶漬三略」

...享禄、天文、弘治、永禄、元亀、天正、文禄、慶長――とこう長い乱世の中を生きて来て、殊に四十七歳までの壮年期は、三好党の乱だの、足利氏の没落だの、松永氏や織田氏の興亡だのに、この地方にあっても、弓矢を措(お)く遑(いとま)はなかったのであるが、自分でも、「ふしぎと死ななかった」と、いっている...   享禄、天文、弘治、永禄、元亀、天正、文禄、慶長――とこう長い乱世の中を生きて来て、殊に四十七歳までの壮年期は、三好党の乱だの、足利氏の没落だの、松永氏や織田氏の興亡だのに、この地方にあっても、弓矢を措く遑はなかったのであるが、自分でも、「ふしぎと死ななかった」と、いっているの読み方
吉川英治 「宮本武蔵」

「弘治」の読みかた

「弘治」の書き方・書き順

いろんなフォントで「弘治」


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