...やはり岱水で「二階はしごのうすき裏板」の次に「手細工に雑箸(ぞうばし)ふときかんなくず」があり...
寺田寅彦 「連句雑俎」
...釋地篇の九府の條に東西南北其他八方の産物を擧げて、最後に中有岱岳、與其五穀魚鹽生焉とあるに依つても、岱岳の附近を支那の中央と考へる思想が或る時代に存在してゐたことが分るのであるが、これと一致した思想は又同じく釋地篇の四極の條に、距齊州以南、戴日爲丹穴、北戴斗極爲空桐、東至日所出爲大平、西至日所入爲大蒙とあつて、郭璞も齊中也と注して居り、齊州とは即ち中州といふ意味に用ゐられてゐる...
内藤湖南 「爾雅の新研究」
...小村雪岱張りでと注文した「街の夕涼み」の景など...
古川緑波 「古川ロッパ昭和日記」
...小島政二郎と小村雪岱(も入る...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...帷子(かたびら)は日々にすさまじ鵙(もず)の声史邦(ふみくに)籾(もみ)一升を稲のこき賃(ちん)はせを蓼(たで)の穂に醤(ひしお)の黴(かび)をかき分けて岱水(たいすい)この一聯(れん)のつけあいの意味は...
柳田国男 「木綿以前の事」
...劉岱のごとき輩を殺したところで...
吉川英治 「三国志」
...疑いぶかい劉岱も...
吉川英治 「三国志」
...劉岱(りゅうたい)を生捕ったし...
吉川英治 「三国志」
...しかし壮気さかんな馬超は、「こうなれば、なおさら、曹操が野陣しているうちに撃破してしまわねば、永久に味方の勝ち目はない」と、その日のうちに、第二次襲撃を企てて、今度は身みずから先手に進み、馬岱(ばたい)、徳(ほうとく)をうしろに備えて、ふたたび魏の野陣を夜襲した...
吉川英治 「三国志」
...徳と馬岱とは、途中、馬超とも別れ別れになってしまい、遠く隴西(ろうせい)地方を望んで敗走したが、それと知って、曹操は自身、「いま彼らを地方へ潜伏させては」と、禍いの根を刈るつもりで、あくまでも追撃を加えていた...
吉川英治 「三国志」
...× × ×さて、馬超とその部下、馬岱、徳などの六、七名は、流れ流れて漢中にたどりつき、この国の五斗米教(ごとべいきょう)の宗門大将軍張魯(ちょうろ)のところへ、身をよせた...
吉川英治 「三国志」
...馬岱の姿を見かけると...
吉川英治 「三国志」
...馬岱は驚いて急に兵をかえし...
吉川英治 「三国志」
...馬岱がそれをひいて帰った...
吉川英治 「三国志」
......
吉川英治 「三国志」
...馬岱(ばたい)軍は雅丹(がたん)宰相を生捕りにし...
吉川英治 「三国志」
...手分けにかかったようにうかがわれます」「馬岱...
吉川英治 「三国志」
...魏延と馬岱は、命をかざして奮戦したが、到底、勝ち目のない地勢にあり、河流へせき落されて溺れる者、つつまれて討たれる者など、大半の兵を失ってしまった...
吉川英治 「三国志」
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