...南側には紫宸殿(ししんでん)の後ろ側の板戸がありました...
石原純 「アインシュタイン教授をわが国に迎えて」
...將た板垣伯が乖謬無名の辭表を天に捧げて宸襟を煩はし奉りたる際にも此の一侯一子が閣僚として曾て板垣伯に善を責むるの道を盡さず...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...特別な宸翰(しんかん)を二つ書かれました...
ビクトル・ユーゴー Victor Hugo 豊島与志雄訳 「レ・ミゼラブル」
...孝明天皇は屡宮に宸翰を賜つて「眞實の連枝と存ずる」と仰せられ...
内藤湖南 「維新史の資料に就て」
...即ち『歴代帝王宸影』...
内藤湖南 「日本の肖像畫と鎌倉時代」
...勿論爲信卿の筆と言はるゝ十數代の宸影中には...
内藤湖南 「日本の肖像畫と鎌倉時代」
...大内(おおうち)で甲子祭(きのえねまつり)の夜紫宸殿(ししんでん)の大黒柱に供物を祭り...
南方熊楠 「十二支考」
...――日ごろ、紫宸(ししん)、清涼(せいりょう)、弘徽殿(こきでん)などになぞらえられていた所の一切の御物(ぎょぶつ)――また昼の御座(ぎょざ)の“日の簡(ふだ)”、おん仏間の五大尊の御像(みぞう)、后町(きさきまち)のきらびやかな御簾(みす)ごとの調度なども――すべてそのままお立退きのほかなかった...
吉川英治 「私本太平記」
...御宸襟(ごしんきん)の安からぬ代(よ)を嘆じておりましたが...
吉川英治 「新書太閤記」
...内に宸筆(しんぴつ)の勅願をおさめたのだ...
吉川英治 「新・水滸伝」
...紫宸(ししい)の間...
吉川英治 「随筆 新平家」
...伝宸翰本のごときは自伝的描写を全然含んでいないのであるから...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...(伝宸翰本)というごときは...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...すなわち耄及愚翁本や伝宸翰本が別れる時すでに...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...伝宸翰本ではいかにも自然な場所に所を得ているのであるが...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...一応は伝宸翰本のごとき「同種の描写をまとめて記す」という構造に引きなおしてみることも必要だと思う...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...単に宸翰本と呼ぶことをやめて伝宸翰本と直した...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...伝宸翰本はこれと同系統のもの)の系統の四つに別たれる...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
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