...大沢の池の堤の上へもちょっと上って見て、大覚寺、清涼寺(せいりょうじ)、天竜寺の門の前を通って、今年もまた渡月橋(とげつきょう)の袂へ来た...
谷崎潤一郎 「細雪」
...大覚寺(だいかくじ)と持明院(じみょういん)の両統から交互に天皇を立てるという約束をした...
蜷川新 「天皇」
...大覚寺では八間四面のりっぱな本堂に八十人ほど...
服部之総 「加波山」
...滝殿(たきどの)などの美術的なことは大覚寺にも劣らない...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...いわゆる“大覚寺派(だいかくじは)”といわれる人々にかぎられて...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐は、大覚寺統である...
吉川英治 「私本太平記」
...時を得た後深草の党臣は、ふたたび大覚寺統へ帝位を渡すまいと、その地盤固めの一策に、「大覚寺統は、亀山上皇を中心に、承久(じょうきゅう)ノ乱(らん)の怨みを報ぜんと計っている」と、いいふらした...
吉川英治 「私本太平記」
...だから、これを幕府ざん訴へ用いるなどは、ずいぶん悪質な計であり、大覚寺統は、地だんだふんで、一時でも帝位を渡すべきではなかったと、臍(ほぞ)を噛(か)んだ...
吉川英治 「私本太平記」
...帝位を離れた大覚寺統には党臣の拠(よ)る財源もない...
吉川英治 「私本太平記」
...大覚寺派の両方から“かわりばんこ”に皇太子を立て...
吉川英治 「私本太平記」
...大覚寺統にとっては...
吉川英治 「私本太平記」
...次には大覚寺統の後二条天皇へ御位を譲られた...
吉川英治 「私本太平記」
...そして青年期をまえに、大覚寺へ入り、やがて門跡(もんぜき)の座についた...
吉川英治 「私本太平記」
...大覚寺ノ宮も列を出て...
吉川英治 「私本太平記」
...大覚寺派への敵愾心やら蔭口のなかで人となり...
吉川英治 「私本太平記」
...大覚寺統の今上に忠誠をしめして佐渡ヶ島の配所で死んだ...
吉川英治 「私本太平記」
...相手は大覚寺統でもなし後醍醐でもない...
吉川英治 「私本太平記」
...大覚寺統と持明院統と...
吉川英治 「私本太平記」
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