...塩原参謀(しおばらさんぼう)だった...
海野十三 「空襲葬送曲」
...湯河原中佐や塩原参謀の乗っていた偵察機(ていさつき)に...
海野十三 「空襲葬送曲」
...丁度(ちょうど)、塩原参謀が、その少女と、瀕死(ひんし)の重傷を負っていた弟の素六(そろく)というのを、放送局舎の中から助け出したんです...
海野十三 「空襲葬送曲」
...戸波博士と警備司令部の快漢塩原参謀とが...
海野十三 「空襲葬送曲」
...一月ぐらいたって塩原(しおばら)へ行ったら...
寺田寅彦 「備忘録」
...根岸に「塩原(しほばら)」...
永井荷風 「里の今昔」
...だが、芝居とすれば、越後伝吉でも、塩原太助でも、立派につとまりそうなこの家の中の若衆(わかいしゅ)は、その声を聞くと、早速立ち上って、戸をあけてやりました...
中里介山 「大菩薩峠」
...塩原のやうな所はまた嫌ひである...
萩原朔太郎 「石段上りの街」
...他の塩原等にくらべれば...
萩原朔太郎 「石段上りの街」
...好物は、かん茂(も)のスジと切茸のつけ焼、白魚なら生きたままを生海苔で食べるという、三代前からの生粋の深川っ子で、旅といえば、そのとしまで、東は塩原、西は小田原の道了さまより遠くへ行ったことがなく、深川を離れたら三日とは暮せないひとが、どんな思いをしながらマルセーユへ辿りついたのだろう、巴里までの一人旅は、さぞ心細く情けなかったろう...
久生十蘭 「野萩」
...実際その前年も故人と共に塩原に遊んで...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...中央新聞に連載され「塩原多助」を井上侯邸でかしこくも陛下の御前講演の栄に浴したる五十三歳の明治二十四年を絶頂としてようやく...
正岡容 「圓朝花火」
...何某(なにぼう)の講談は塩原多助一代記の一節で...
森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
...近くは東京の金持奥某が塩原の山水に唐様(からよう)の地名を附けたりしておるが...
柳田國男 「地名の研究」
...備後(びんご)の塩原の石神社などは...
柳田國男 「日本の伝説」
...「粟田口」「累(かさね)ヶ淵」「榛名の梅ヶ香」「池ヶ鏡」「名人長次」「塩原多助」と数々の新作を発表して満都の好評を博したのは...
山本笑月 「明治世相百話」
...塩原などの本場へぞろぞろ...
山本笑月 「明治世相百話」
...「今日これから行く途中に塩原太助の生れた家も...
若山牧水 「みなかみ紀行」
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